
──新・読書ノート──
内藤恵子『詩・エッセイ・評論集成』・・・・・・・・・・・・木村草弥
・・・・・エディット・パルク2017/02/04刊・・・・・・・
この本は先に紹介した詩誌「Messier」同人の内藤氏の近刊である。
先日、紹介した件の返礼として恵贈されてきたものである。
この本の奥付に載る「著者略歴」を引いておく。
1936年 東京生まれ
1959年 学習院大学独語・独文学科卒業
1964年 京都大学文学部研究科博士課程入学
1971年 シュトットガルト工科大学マスターコース終了
1986年 京都大学教育学部教育学専攻卒業
1988年 京都工芸繊維大学非常勤講師ドイツ語担当
2010年 〃 退職
著書・翻訳・評論など多数
はじめに、「献詩」として「メシエ」誌主宰者・香山雅代あての作品があるが、その一節に
<高踏
美的
難解たれ
強い衝撃に突き上げられる
魂の叫びに
忠実たれ>
というフレーズがある。
これは、まさに香山氏の詩の特徴を言い当てて的確であるが、翻って内藤氏の詩は、それとは反対の平易な、わかりやすいものである。
この本の題名にもなっている巻頭の詩「遠望」を引いてみる。
遠望 内藤恵子
母には買うことを禁じられていた駄菓子屋
ボックス型の乳母車
掴り立ちして
外を眺める
頭の上から落ちてくる
急な坂
上から下へ
下から上へ
人が歩いている
麓には駄菓子屋
背後には人の気配
京都言葉がふんわり
手に握らせてくれる温もり
重曹の苦みの残る
パン菓子
甘食
記憶の果てから
蘇った急な坂
刻印された
舌の上の甘食の痕跡
店頭で飽くことなく
甘食を探し
衝動買いをおさえることが
出来ない大人の私
食べるたび
ふくれ上がった
山の割れ目から
隠れた祖父が
姿を現す
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この詩「遠望」は内藤氏の郷愁を綴ったものだろう。
この一篇の詩が、内藤氏の作品のすべてを代表している、と言っても過言ではないだろう。
続く「揺れる」と題する詩に
<・・・・・
庇護され
未来への何の不安も
持たぬ
幸せな時代
ものうげな時間の記憶
いくつもの苦楽を
重ねて
ひとり身になった今も
爽やかな風に
踊る葉影が
心を揺らす
・・・・・>
というフレーズがある。
これこそ、先に私が書いたことの証左と言えるだろう。
Ⅱ エッセイについて触れておくと、「ゴブラン織り」「おやつの思い出」などに年少期のことが書かれていて、山の手のインテリ家庭に不自由なく育った環境が、かいま見える。
それらのことと、先に引いた詩作品とは完全にリンクしているようである。
著者には『境界の詩歌』という「独と和の異色の評論集」と題される「詩歌は言葉の壁を超え得るのか 翻訳の可能性と不可能性」に触れた評論などがあるが、ここでは触れない。
誠に不十分ながら、この本の紹介を終わりたい。
ご恵贈有難うございました。
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