
鰯雲人に告ぐべきことならず・・・・・・・・・・・・・・加藤楸邨
夏の雲は山際にもくもくと立ち上がる「積乱雲」が特徴であるが、秋に入ってくると、写真のように、小さい雲片が小石のように並び集る「巻積雲」いわゆる「鰯雲」が季節の雲となる。
写真のように、規則的にさざ波のように並んでいることもあるが、はなればなれになっていることもある。
高空に出て、鰯が群れるように見えるので鰯雲、鱗のように見えるので鱗雲、鯖の斑紋のように見えるので鯖雲などと呼ぶ。
『栞草』には「秋天、鰯まづ寄らんとする時、一片の白雲あり。その雲、段々として、波のごとし。これを鰯雲といふ」と書かれていて、
鰯雲の特徴を見事に捉えている。
名前に味があり、俳句に愛用される季題のようである。
掲出の楸邨の句は、鰯雲という自然現象の中に「人に告ぐべきことならず」という私的な人事を詠みこんで、見事な主観俳句の秀句とした。
以下、歳時記から鰯雲の句を引く。
鰯雲日和いよいよ定まりぬ・・・・・・・・高浜虚子
いわし雲大いなる瀬をさかのぼる・・・・・・・・飯田蛇笏
松島の上にひろごり鰯雲・・・・・・・・田村木国
鰯雲昼のままなる月夜かな・・・・・・・・鈴木花蓑
鰯雲こころの波の末消えて・・・・・・・・水原秋桜子
鰯雲個々一切事地上にあり・・・・・・・・中村草田男
妻がゐて子がゐて孤独いわし雲・・・・・・・・安住敦
鰯雲ひろがりひろがり創痛む・・・・・・・・石田波郷
鰯雲予感おほむねあざむかず・・・・・・・・軽部烏頭子
葬られてしまひしものに鰯雲・・・・・・・・中川宋淵
鰯雲動くよ塔を見てあれば・・・・・・・・山口波津女
いわし雲城の石垣猫下り来・・・・・・・・森澄雄
豆腐二丁はなれて沈みいわし雲・・・・・・・・酒井鱒吉
鰯雲子は消しゴムで母を消す・・・・・・・・平井照敏
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