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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第一回・・・・木村草弥
茶の間_NEW

茶の間②_NEW

──月刊「茶の間」──連載①

     月刊「茶の間」連載・「木村草弥の四季のうた」第一回・・・・・・・・・木村草弥

     香に立ちて 黒楽の碗に満ちてゐる     
     蒼(あを)き茶の彩(いろ)わが腑を洗へ・・・・・・・木村草弥


 新しい年が始まった。そんな新年への感慨の一端として、この歌を挙げる。
 「わが腑を洗え」などと大きく出たが、新年に際しては、そう壮語するのもよいのではないか。
 この歌は私の第一歌集『茶の四季』に載る「野点(のだて)」の一連のものである。
 この歌に「蒼(あを)き茶」と表現したが、今どき我々が普通に呑んでいる「緑茶」は大昔からこんな緑色をしていたのではなかった。
 「緑茶」はいつ頃できたのだろうか。
ここで近代の茶業の祖と言う永谷宗円という人物が登場する。
 詳しくはWikipedia─永谷宗円 を参照されたいが、この人こそ、それまでの赤黒い茶に替わって「青製煎茶」製法を発明した江戸中期の人である。
 そして宇治田原の住人であり「茶祖」として崇敬されている。
 このように「宇治田原」の地は近代日本茶発祥の地と言って過言ではない。
                    
      茶の花を眩しと思ふ疲れあり 冬木となりて黙(もだ) す茶畑 
      
     野分のなか拝むかたちに鍬振りて 冬木となれる茶畝たがやす


 こんな私の歌があるが寒中の今の時期は茶の木は休眠の季(とき)である。
とは言っても茶の木は生きている。この時期に肥料を施すのである。
 「秋肥」といって大半の肥料は初冬までに与える。

      油粕、鶏糞、骨粉、刈草と有機栽培の肥(こえ)をほどこす
       
      農薬を使はぬ土の親しさや耕せば太き蚯蚓(みみず)跳ね出づ


 茶栽培では農薬を使うことは少ない。使うことがあっても茶葉を摘み取る直前に使用することはないので、ご安心を。
 私の歌で「拝むかたちに鍬振り」とあるが、今では耕すのにも機械を使うので回想の歌と受け取ってもらいたい。

「茶に因む」連載第一回として、この辺で終わりたい。
読者の皆様が本年も幸せに過ごされるようお祈りする次第である。
ご愛読をいただけば有難い。
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はからずも、月刊「茶の間」編集部から依頼があって、茶に因む私の歌と記事を一年間連載することになった。
その第一回である。
この雑誌は有料購読者と、茶を買った人に送られる。発行部数40万部という、ページ数240ページの分厚い本である。
たんまりと執筆料も頂ける。 乞う、ご期待。



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