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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子の歌「鉄鉢」33首・・・・・木村草弥
晶_NEW

──村島典子の歌──(32)

      村島典子の歌「鉄鉢」33首・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・「晶」100号所載・・・・・・・

          鉄 鉢         村島典子

  こぞ訣れたる犬の写真のまへあたり夏の夕べの時は満ちたり

  フォークもてカット西瓜を食べをり種吐き出しし歳月とほく

  あなたは勿体ないと言ひながら似合ひの夫婦と頷きにけり

  蝉はいかで仰向けに死すけふひと日蝉のむくろに教はりしこと

  穴を掘り地表にいでて殻をぬぎ十日あまりに死すといふこと

  嘆けとて烏啼くらむ語尾さげて友呼びをらむ夕方まけて

  一年が過ぎてしまへり犬の死は一年とほく離れゆきたり

  久木おふる長沢川の辺をゆきつアカメガシワを久木と知れば

  運転席より腕のみ出して手をあげてしばしの別れのごとく去りゆく

  熱きものこみ上ぐるなり息子とはとはに息子ぞ少年のまま

  闇を集むる街頭のしたに佇める輪郭おぼろなるにんげんは誰ぞ

  いまだガラケイもたずスマホもたずうろうろ歩く木にもの言ひて

  土に還る簡潔を見よクマゼミのあふむきて死す一夏のをはり

  蛙を呑む蛇を見たといふ人と長沢川の川端あるく

  うしろより蛙に迫り呑みたらむ蛇の口腔にあたま見えしと

  一声を放ちしのちをしづまりて蛙は蛇に呑まれたりけり

  嘴あけて止まれる鴉老年の鴉と見ゆる下とほるとき

  雌ばかりなると見えたるスズムシにある日悠然と雄あらはれし

  卵管を尻につきたてしが雌なると朝夕われはまなこ凝らせし

  一生かけ翅すりあはせ鳴く雄を雌はいかにか思ひ聴くらむ

  十三匹数へし虫の日ごと減りさうしてたうとう四匹となりぬ

  食卓にスズムシの籠置きたれば生のことごとスズムシは見す

  夫とわれけふ諍へり作陶の犬何ど猿の貌にかも似む

  球根に土を被せてゐるわれは骨を埋めてゐるにはあらず

  二十一個の小さき球根土に埋め拝むわれは狂れびとのごとし

  陶の犬つくりつつげる夫なりけふにて十四匹になりたり

  犬の待つ天国あるといふなればさすれば天国へ行くほかはなし

  鉄鉢のあかがねの縁まはしつつ青年は不可思議な楽奏でたり

  霊妙な音色ひびける寺町の打楽器店にわれ幻惑す

  鉄鉢をまはし奏づる天体の音楽まねぶ友とわれとは

  ふかぶかと宇宙のかなたを瞑想すひとときがあり画廊を出でて

  百号の画は百時間を要せりと画を捨てし友の言ふはかなしき

  鉄鉢のカノンの響きにたましひの瓊音(ぬなと)もゆらに立ちのぼりたり
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いつもながらの村島さんの力作である。
瓊音(ぬなと)という難しい単語が出てくるが、その意味と出典は次のようなものである。

〔「ぬ」は玉,「な」は助詞「の」の意〕

玉が触れ合って出す音。玉の音。 「 -ももゆらに,天の真名井(まない)に振り滌(すす)ぎて/古事記 上」

同人誌「晶」は、今号をもって100号となったとして記念のエッセイなどが執筆されている。村島さんの文章も見える。
創刊二十五年だという。その間には亡くなられた人の名前も見える。
これからも、お健やかに作歌されることをお祈りするばかりである。
有難うございました。






  
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