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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第二回・・・・木村草弥
茶の間_NEW

茶の間②_NEW

──月刊「茶の間」連載──(2)

     月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第二回・・・・・・・・・・・・・木村草弥      

           立春の風は茶原を吹きわたり     
             影絵となりて鶸(ひわ)たつ真昼


 節分が過ぎ、立春を迎えた。
 光も風も「春が立つ」時季を待っていたかのように輝いて見える。
 ここに掲出した歌に出てくる「鶸」は、字の通りスズメほどの弱い小さな小鳥である。
 黄色い羽根がめだつ綺麗な鳥で、丁度いま頃の時季には二、三十羽の集団で群れて過ごす習性がある。
 草の実を食べたりするが、開けた茶畑などに好んで群れている。
一斉に飛びたつ時などは羽根の黄色が鮮やかで目立つものである。

    茶圃(ちやほ)の施肥はじめむとする頃ほひは三寒四温北風さむし

    固き芽の茶の畝耕し寒肥(こえ)を施(や)れば二月の風光るなり


 年が替わって小寒、大寒の時期を迎えると、この歌にあるように、季節は「三寒四温」の循環になる。

 茶事の行事に「夜咄(よばなし)の茶事」というのがある。
 茶道の流派によって違いはあるが、私たちは略式で肩肘張らずに楽しんだものである。

    冷えまさる如月の今宵「夜咄の茶事」と名づけて我ら寛(くつろ)ぐ

    雑念を払ふしじまの風のむた雪虫ひとつ宙にかがやく


 短歌の場面では、古語を意識的に使ったりする。
 「風のむた」の「むた」は「風とともに」の意味である。
         
 また「野点(のだて)」という行事があるが気候のよい春先のことが多い。

   芝点(しばたて)の茶事の華やぎ思ひをり梅さき初むる如月の丘

   毛氈(もうせん)に揃ふ双(もろ)膝肉づきて目に眩しかり春の野点は

   野遊びの緋の毛氈にかいま見し脛(はぎ)の白さよ無明のうつつ


 「野点」とは野外で毛氈などを敷いて茶の湯を楽しむ行事で、芝の上でやるのが「芝点」である。
 男ばかりでは芸がないが、女の人の和服姿など、あでやかである。
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連載第二回の本誌が発行されて、今日、著者の私のところへ届けられたのでアップする。
ここに載せた歌は私の第一歌集『茶の四季』に収録したものである。
この頃は、歌を作るのが楽しくて、楽しくて、いくらでも歌が湧いてきたものである。鑑賞してもらいたい。

ここには字数の制限もあり、かつまた過激なことも書けないので遠慮しておいたが、このブログにもう十数年も前に書いた文章があるので引いておく。  ↓

<「夜咄の茶事」というのは伝統的な茶道の行事で、作法としても結構むつかしいものだが、私たちは、歌にも「寛ぐ」と書いたように略式にして楽しんだものである。
千利休などが茶道の基礎を固めはじめた頃は、茶道は、もっと融通無碍の自由なものであった。
それが代々宗匠の手を経るに従って、それらの形式が「教条主義」に陥ってしまった。
そういう茶道界の内実を知る私たちとしては、そういう縛りから自らを解放して、もっと自由な茶道をめざしたいと考えた。
だから先人にならって「番茶道」を提唱したりした。
利休語録として有名な言葉だが、

  「茶の湯とはただに湯を沸かし茶をたてて心静かにのむばかりなる」

というのが、ある。これは、まさに先に私が書いた利休の茶道の原点なのである。>

 
 
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