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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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鳥巣郁美詩集『時刻の帷』・・・・木村草弥
鳥巣_NEW

──新・読書ノート──

       鳥巣郁美詩集『時刻の帷』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・コールサック社2018/03/20刊・・・・・・・

著者・鳥巣郁美氏から、この本が贈呈されてきた。
本に載る略歴によると、鳥巣氏は1930年生まれ。広島女子高等師範学校理科卒業。長らく教職におられた。
著書として、
詩集『距離』 『時の記憶』 『原型』 『影絵』 『春の容器』 『背中を』 『灯影』 『埴輪の目』 『日没の稜線』 『冬芽』 『浅春の途』などがある。
「解説」として、コールサック社の編集者である佐相憲一氏の8ページにわたる詳しい記事がある。
この本には全部で43篇の作品が収録されている。
詩集というと、20篇くらいのものが一冊というのが多いが、この本は分厚いものである。

一読して、今の時季を詠んだものを引いておく。

          弥生三月     鳥巣郁美

   踏みとる地の硬ばりを弾いてゆく意思のひとつ 大気の柱が上向く
  生を揺すり戻して 自ずと定まる地平はその営みを告げる 識した一
  点の弾みが時間の一隅を震わせていた 地殻に含みもつ生の鼓動の
  促しを饗けて萌える時刻の 共々に晋む歩み それら無数の弾みの籠
  る稚い萌色もまた 朝の道で息弾ませていた 装い新しい幼な子と共
  に 現在をこぼち歩んだ

   ひやりと降りる大気の包んだ草々の 幼芯の辺り 未だ潜む新髄の
  僅かな震えが 重い空に呼応していた それら素枯れた庭面の一隅の
  微かな萌色 空は陽差しを戻して ひたと上向く新葉の兆しを包む
  冬日の底の 過ぎ越した空への無数の希求を秘め持って 意志持つ如
  く 荒れた土肌を這い伸びる幾筋か 其処此処で露われ見えて やが
  て揃い立つ葉片の かすかな兆しを受けとめてゆく


           豪快な桜花に   鳥巣郁美

   枝先までも花塊に埋もれる
   桜樹の降りこぼす一枚の花弁
   幾日か風晒す夜半を揺れ戻した
   巨大な枝々が中空に在る

   群なす花塊のいくつか
   いちどきに放つ饗宴の
   意志持つ如く中空に伸び亙る枝先の
   いちめんの静寂を目に籠らせている

   春を成すひたすらな惟いであったか
   振りこぼす如き枝先の花塊の
   確かさを結んで横並ぶ日
   ひとときわ極める生の姿を含み視ている

   開いた空に生きざま告げて
   忽然と顕われ視せる華冠から
   宙空を舞い降りる定めないひとひらがある
   時経たず辿り踏むなべての一枚

   内向かう人の径にもこぼれ華やいだ
   根太く揺るぎない桜樹の
   注ぎ傾く陽に輝かに定まる花の生きざま
   ふいの欠落を含んでなおずしりと据わる

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多くを引けないことをお許しいただきたい。
鳥巣さんとは何年か、お付き合いがあるが、いま調べてみても私のブログに載せたものはないようである。
私と同じ年のお生れであり、いわば私と同じく、老境にあられるようである。
本を一読して、使われる熟語が、独特である。 「ごとく」という直喩を「如く」のように表記されるのが目立つ。
「意志持つ如く」というフレーズが何度か出てくる。 使われる言葉が漢語的で難しい。
 
私は、ここに引いた「豪快な桜花に」が作者の詩の中でも典型的な作品だと感じた。
佐相氏も、この詩について触れている。

巻末の詩「ひとつの経路が」 には
「背を押すものは ・・・・・生の道行を囲う ・・・・・ゆくりない時刻の帷」と書かれて<ゆくりない時刻の帷>のフレーズがあり、
ここから、この詩集の題名が引かれている。

ご恵贈有難うございました。
不十分な紹介になり、お詫び申し上げる。




 


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