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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第六回・・・・木村草弥
茶の間_NEW

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──月刊「茶の間」連載──(6)

    月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第六回・・・・・・・・・・木村草弥

      葉の光さやにあえかに照りまさり光合成に茶の木は奮(ふる)ふ

 京都の新茶の製造は六月までかかることが多い。
 この歌に言うように「茶の木は頑張っているなあ」という涙ぐましいような感情になるものだ。
 茶摘みの頃は、辺り一面が茶の香りの満ちているようである。
 そんな風景を詠んだ歌いくつか。

   ふつふつと茶の呟きをまとひつつ 風はみどりを笛にして過ぐ

   艶やかな茶の芽の摘籠(つみかご)積まれゐて茶のエーテルは置場に満つる

        
 「ふつふつ」と表記しているがこれは新かなづかいでは「ふっふっ」となる。
茶の葉っぱを風が吹きすぎてゆく音の描写であるから、ご理解いただきたい。  

   葉桜の翳(かげ)る座敷に滴りの思ひをこらし利茶(ききちや)をふふむ

 この頃になると桜の木は、すっかり緑の濃い葉桜になっている。
父・重太郎は晩年、隠居所でのんびり過ごしていたが、この歌のように座敷で茶を賞味していた。
 茶の品質を判定したり吟味することを「茶を利(き)く」と言う。
 「ふふむ」とは「含む」の古い表現である。
           
   明日刈らん茶の畝のみどりまぎれなく陽の力なりびつしり生(お)ふる

   茶工場の夜半を灯して勤(いそし)めば茶の染みつける十指いとほし

   明け暮れをお茶に仕へし一日は抗(あらが)ひがたく眠りにぞ落つ


 茶製造の最盛期には夜中も休まず工場を動かすことが多い。そういう様子を歌に詠んでいる。
 茶の芽を素手で扱うので茶葉のタンニンが染みついて洗っても落ちないのである。
そういう手こそむしろ茶師にとっては勲章のようなもので、誇らしい気分なのだ。
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はじめに、重大な「校正洩れ」をしてしまったことを報告しておく。
「見出し」の結句の個所に「茶の」が脱落しているのに気づかなかった。
このブログの記事では正当に直しておいたが、ここに特に記して、お詫びしておく。
この「茶の」が無いと、結句は七音にならず、五音になってしまう。
「校正」のときに陥りがちなミスである。自分の原稿は、つい「読み流して」しまうのである。
連載も第六回となり、半年が過ぎようとしている。歳月の経つのも早いものだ。
今しも当地では、新茶製造のまっさなかである。
この記事は六月号のものだが、ただいま雑誌が届いたのでアップしておく。
どこからか茶工場から、かぐわしい新茶の香りが漂ってくる昨今である。
「茶師」として生きてきた往時を懐かしく思い出す。
拙いものだが、お読みいただきたい。


    
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