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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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西村美智子歌集『邂逅や』・・・・・木村草弥
西村_NEW

──書評──

     西村美智子歌集『邂逅や』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・青磁社2018/06/15刊・・・・・・・・

西村美智子さんが標記の本を上梓されて送られてきた。
かねてメールで六月には出ると知らされていたものである。 おめでとう、と申し上げる。
先ず、お断りしておくが、図版の絵の向日葵と思われる花びらの部分は「金色」なのだが、図版では再現できていないのでお詫びしておく。
この本については色々言わなければならないことが多々あるが、この本には載っていないので、先ず、西村さんのことを書いておく。
以下は前の本に載る西村さんの略歴である。  ↓

1931年生まれ。関西学院大学英文科卒、東京都立大学大学院英文学専攻修士。
 法政大学女子高等学校教諭、1997年定年退職。
 もと同人誌「零」の会同人として小説など執筆。 日本シェイクスピア協会会員。
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↑ 著書 『新釈シェイクスピア 神々の偽計』(近代文芸社)2003/06/10刊
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↑ 著書 『無告のいしぶみ』─悲謡 抗戦信長─(新人物往来社) 2009/02 刊 
フォルモサ
↑ 著書 『イル・フォルモサ』(文芸社)2012/08/15刊

この略歴でも判るように、西村さんは英文学徒であり、長らく教職にあられた。
『新釈シェイクスピア 神々の偽計』の本の「あとがき」に、こう書かれている。

<六年前に高等学校の英語教師を定年退職した。その年の夏からケンブリッジ大学のシェイクスピアサマースクールに参加、
Dr.Cristopher Btistowのシェイクスピアを中心にした悲劇についての講義を聴講した。
講義に触発され、シェイクスピアの悲劇をもう一度自分なりに読み直しはじめた時、同人誌「零」に誘われた。四大悲劇を、短編に出来ればと思った。>

「零の会」は、同志社に居た亡・田中貞夫や西井弘和らが執筆していた会で、いつからか私も頂くようになって、彼らの名前を知ることになった。
同志社ではない西村さんが誘われたいきさつなどは知らない。
西村さんは台湾から引き揚げてきたあと、京都府立第一高等女学校の編入試験を受けて編入された。
そのときに「出崎哲朗」という国語の先生から「短歌」の手ほどきを受けることになった。
それらにまつわる歌があり、「あとがき」にも書いておられる。
私も間接的に出崎氏に触れる機会があって拙ブログにも載せたので、下記にリンクで引用しておくので見てもらいたい。 ↓

出崎哲郎については → のリンクを参照されたい。 「出崎哲朗の歌」

出崎哲朗たちの拠った「ぎしぎし」はアララギ系の結社で、関西におけるアララギの有力な拠点だった。
私が「未来」川口美根子欄に居たときも、川口さんから何度か聞かされたことがあった。
近藤芳美が「未来」を立ち上げたときの創刊同人に、関西からは高安國世の名が見られる。高安は後年、短歌結社「塔」を創刊するに至るのである。
この本の「解説」で編集者の永田淳が、それらのことに触れて書いている。

先ず、この本の題名の「邂逅や」のことである。
「邂逅」とは和語やまとことばで言えば「巡り合い」を表す漢語である。
この言葉に西村さんは「わくらば」というルビを振られている。「わくらば」という和語に漢語を宛てるとすれば「病葉」となる。
私も日本国語大辞典など多くの辞書にあたってみたが、邂逅=わくらば の解説は無い。
しかしネット上で調べてみると、この説明が載っているのであり、恐らく西村さんも、それに拠ってルビを振られたものと思われる。
この本の「あとがき」の中に
<「家族と戦争」は自信がなかったので、畏友木村草弥氏にご一読願い、アドバイスをいただいた。>
という個所がある。
この一連は「塔」の五十首詠の企画に西村さんが応募された作品であり、その後で私にコピーを送って来られたことがあり、私の意見を申し上げた。
それは、この「邂逅」という言葉の「読み」に関することであった。
上に書いたように私は「邂逅=わくらば」には異論があることを、はっきり申し上げたが、この「あとがき」の文章では、私が承知しているように受け取れる。
私の意見として西村さんが受け入れたのは「邂逅や」の後に一字分の「空白」を置く、ということだけである。
この本は西村さんの長い人生にあって、さまざまのことが生起したが、それらを一つの「邂逅」めぐりあい、と把握したところに深い洞察があると思うのである。
深読みすると、邂逅=わくらば、とされたことにも一理はある。西村さんは先年以来、何とかいう難病に侵され車椅子生活を余儀なくされている。
だから自身を「わくらば」病葉と把握されるのも納得するのだが、それならば、この「邂逅」の歌ではなく、別の「わくらば」の歌を詠まれるべきだ、と私は思うが、いかがだろうか。


この本は、恐らく発表の年代順だと思うが、Ⅰ Ⅱ Ⅲという章建てになっているが、「家族と戦争」の一連50首だけは、それらの前に特別に置かれていて、作者の執着の程を思わせる。
その冒頭の歌が

  <邂逅や 葉月に生まれ長月に満州事変われ戦の児>

末尾の歌

   <天そそるビル陰に臥すデイケアに老いどち語ればいくさは昨日>

この歌には「れんぎょうに巨鯨の影の月日かな   兜太」  という前書きが付けられている。

西村さんは一週間に何度か介護保険のデイケアに通っておられるらしい。
それらに因む歌が歌集の中にいくつか見られる。 いくつか引いてみる。淡々と詠んでいて秀逸である。
   <雪のくる気配を告げてヘルパーさん赤きコートを羽織りて去りぬ>
   <折れるのは鶴だけなればデイケアの折り紙の時間鶴を積むのみ>
   <それぞれの背中に過去は重けれどわれらは遊ぶ園に児のごと>
   <梅さくらツツジ紫陽花幾めぐり歩行リハビリ望みなおもつ>
   <青葉雨ホームを巡るケアバスが次に拾うは元特攻兵>

西村さんには女の子供が居られると仄聞するが、「孫」が居るらしい。カープを応援するらしい。
しかし、次のような歌を見ると西村さん自身も孫に感化されたのか野球に熱心である。
   <丸、菊池、田中のような青年が爆弾抱きて空征きし昔>
   <ベイスターズ負けを続ける球場に月まんまるくせりあがりくる>
   <満塁ホーマー逆転サヨナラ新井打つテレビへ拍手われとわが影>

西村さんは横浜は「仲町台」という高層団地に住まいされている。それを詠んだ歌を引く。
   <仲町台辛夷並木の多き街児らが競いて花びら拾う>
交通の便のよいところである。
私の第五歌集『昭和』を読む会を三井修氏のお世話で東京で開いてもらった翌日、出られなかった西村さんに会うために渋谷から東横線に載って会いに行った。
もう数年も前のことである。

巻末の近いところに載る歌。 何事につけても過去にかこつけて詠まれていて読者の心に沁みる。
   <さらば夏八十五歳の夏さらば十四の夏に国は滅びき>

そろそろ鑑賞も終わりにしたい。 巻末に載る歌
   <みどり児と同じ高さで笑みかわすきみ乳母車われ車椅子>

この歌は、NHK横浜の短歌大会で、小池光 選で優秀賞を得た、という記念碑的な作品である。
「きみ乳母車われ車椅子」という対句表現が秀逸である。 2017年9月のことである。
メールで知らせてもらって、さっそく私のブログで紹介したことである。
この歌を巻末に持ってこられたのは成功している。

これからも病気と付き合いながら、お元気で歌を紡いでいただきたい。
有難うございました。        (完)



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