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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第八回・・・・木村草弥
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──月刊「茶の間」──連載(8)

       月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第八回・・・・・・・・・・木村草弥 

     花籠を垂るる朝顔一輪の朝の茶の湯の夏茶碗白し

 忙しく仕事にあけくれる中にあっても、茶一服のゆとりを持ちたいものである。
 この歌は、そういう忙中閑ありの情景を活写して歌にしたものである。 
 茶室という改まった席でなくても、どこでも茶を喫(の)めるのである。

  亡き母が石臼ひきて麦こがし作りてをりき初なつの宵

  麨(はつたい)に噎(む)せたるわれに水くれし母おもひ出(い)づかの日の遠く


 麨(はったい)粉(こ)というのをご存知だろうか。大麦を焙じて粉にしたものである。
これに砂糖を混ぜたものを匙(さじ)で食べるのだが、粉っぽいので噎せることがある。
そんな情景を歌にしている。
昔は今とちがって田舎では菓子を買うのも容易でなかったから、農村では食べるものも母親の手づくりだった。

  明けやすく淡きみどりの玻璃(はり)かげに妻は起き出(い)で水働きす

  白桃を剥(む)く妻の指みてをれば寧(やす)らぐ日々といふべかりけれ        


 いつの時代でも妻の仕事は多くて忙しい。
「玻璃」とはガラスのことだが、夜の短い夏の朝早くから妻は起き出して、水仕事をしている。
そんな姿がガラス越しに見え隠れしているという景である。

 八月になると白桃が姿を見せる。
桃を剥いてもらって夫婦なごやかな一刻(ひととき)を過ごすのも佳(よ)いものである。

  唇(くち)を吸ふかたちにも似て水蜜桃(すいみつ)を すする夕べはほのあかりせり

  わが味蕾(みらい)すこやかなるか茱萸(ぐみ)ひとつ舌に載すれば身に夏の満つ
 

水蜜桃の皮だけ剥いて、そのままかぶりつくのも趣のあるものだ。
それを「唇(くち)を吸ふかたち」と表現してみたが、いかがだろうか。
 味蕾(みらい)とは「舌」にある味覚を感じる器官である。
茱萸(ぐみ)も、この頃では見なくなった果樹である。
甘酸っぱい味だった。
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暑中お見舞い申し上げます。
今号から挿入歌の色が緑色に替えられた。編集部がやったことだが、おかげで読みやすくなった。
今年は早くから暑くて、まさに酷暑という言葉その通りである。
そんな中だからこそ、「一服の茶」は有難い。 「水だし緑茶」など最高である。
読者の皆様の、ご健康を、ひたにお祈り申し上げる。


      
    
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