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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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長嶋南子詩集『家があった』・・・・木村草弥
長島_NEW

──書評──

      長嶋南子詩集『家があった』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・空とぶキリン社2018/08/15刊・・・・・・

未知の長嶋さんから標記の本が贈られてきた。 高階杞一氏の指示によるものだろう。
高階氏には、さまざまのお世話になっている。
長嶋氏の略歴を、この本から引いておく。

茨城県常総市生まれ。
既刊著書
詩集
『あんぱん日記』 1997年 夢人館 第31回小熊秀雄賞
『ちょっと食べすぎ』 2000年 夢人館
『シャカシャカ』 2003年 夢人館
『猫笑う』 2009年 思潮社
『はじめに闇があった』 2014年 思潮社
エッセイ集『花は散るもの人は死ぬもの』 2016年 花神社

既刊本についてネット上に載る「馬場秀和ブログ」という記事を少し長いが引いておく。

『はじめに闇があった』(長嶋南子) 

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早く死んでしまう夫も
暗い目をして引きこもっている息子も 職のない娘も
いっしょに住んでいるこの家族は
よその家族ではないかと疑いはじめた
夜になるとわたしの家族をかざしてうろつく
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『別の家族』より

 この人たちはなぜこの家にいるのか。家族という不可解な存在を前にして、困惑し、殺し殺され、わあわあ泣く。家族という闇を直視する、気迫のこもった家族詩集。単行本(思潮社)出版は2014年8月です。

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むっちり太った息子のからだ
シゴトに行けなくなって
部屋にずっと引きこもっている
どんどん太ってきて
部屋のドアから出られなくなった
餅を食べたら追い出さなければならない
ころしてしまう前に
家のなかに漂っている灰色の雲
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『雨期』より


 引きこもりの息子、殺したり殺されたり。
 家族というものは毎日毎日一瞬一瞬が殺し合いです。疲れ切って手を離したら、そのときすべてが終わってしまう。そんな息詰まるような家族というものを、ひたすら書き続けています。
 とりあえず、殺される前に殺します。

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ムスコの閉じこもっている部屋の前に
唐揚げにネコイラズをまぶして置いておく
夜中 ドアから手がのびムスコは唐揚げを食べる
とうとうやってしまった
ずっとムスコを殺したかった
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『ホームドラマ』より

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二階から階段をおりてくる足音が聞こえる
息子が包丁もってわたしをころしにくるのだ
ぎゅっと身が引き締まる
早く目を覚まさなくては
ゆうべは
足音をしのばせて
わたしが階段をあがっていく
ビニールひもを持っている
息子が寝ているあいだに
首をしめて楽にしてやらなくては
ぎゅっと身を引き締める
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『こわいところ』より

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自分が生んだのに悩ましい
わたしは何の心配もなく眠りたい
息子に毛布をかけ床にたたきつける 火事場の馬鹿力
なんども足で踏みつける
生あたたかくぐにゃりとした感触
大きな人型の毛布が床の上にひとやま
こんにゃく じゃがいも ちくわぶ 大根 たこ 息子
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『おでん』より


 思い切って息子を殺せばそれでもう安心かというと、そんなこともなく、家族がいる限りどうしようもありません。泣くことも出来ません。猫にもどうしようもありません。

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いっそのこと原っぱにいって
オンオン泣けば
ためこんでいたものが一気になくなって楽になるだろう
人前でひそかに泣かなくてすむだろう
まわりは新しい建売住宅ばかりで
原っぱはない
家の前の小さな空き地で大声で泣いたら
頭がおかしい人がいるどこの人だろうかと気味悪がられるだろう
部屋のなかで泣いていると猫が
よってきてなめまわしてくれるだろう
猫になぐさめられるとよけいに泣きたくなるだろう
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『泣きたくなる日』より

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安泰だと思っていた家なのに
子どもはひきこもりになっていた
傾いたらあわてて窓からとび出してきた
あさってごろには家は沈むでしょう
沈む家からはネズミが
ゾロゾロ這い出してきます
猫 出番です
わたしにはもう出番はない
舞台のそでからそっと客席をのぞき見している
猫 お別れです
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『尻軽』より

 猫との別れ。そして家族との別れ。いったい、あれは何だったのか。家族って、いったい何なのか。

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仕事を終えて家に帰ると
息子が死んでいた
猫も母もと思ったら
その通りだった
ご飯を食べさせなくていいので
調理しない
レトルトのキーマカレーを食べる
のぞみ通りひとりになったのに
スプーンを持ったまま
わあわあ泣いている
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『さよなら』より

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ついきのうまで家族をしてました
甘い卵焼きがありました
ポテトコロッケがありました
鳩時計がありました
夕方になると灯がともり
しっぽを振って帰ってくるものがいました
家族写真が色あせて菓子箱のなかにあふれています
しっぽを振らなくなった犬は 息子は
山に捨てにいかねばなりません
それから川に洗たくにいきます
桃が流れてきても決して拾ってはいけません
--------
『しっぽ』より

 というわけで、家族という闇を直視した作品がずらりと並んでいて、一つ読むごとに息詰まるような思いをしました。一番悲しかったのは、猫との別れを書いた詩です。以下に全文引用します。

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猫は猫でないものになりかけています

腹の手術あとをなでてやると
のどをならすのでした
荒い息をしながらまだ猫であろうとしています

キセキがおこるかもしれないと
口にミルクを含ませます
飲み込む力が弱く
わたしの腕のなかでじっとしています

重さがなくなったからだを
抱いています
わたしは泣いているのでした
猫は最後まで猫で
のどをならすのです

わたしはわたしでないものになろうとしています
のどをならします
泣いてくれるよね 猫

キセキは起こらないでしょう
季節の変わり目の大風が吹き荒れている夜です
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『大風が吹き荒れた夜』より
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長い引用になったが、これらの作品が、今回の本に繋がると思うからである。
どこまでがリアルで、どこまでがフィクションかを問うつもりはない。
所詮「詩」はフィクションの世界である。

長嶋さんのことは何も分からない。ただ若くはないことは確かだろう。
この本の「帯」文には、こう書かれている。

  <すっかり世話を焼かれるからだになった
   もうすぐ焼かれるからだになる

   来し方を振り返れば夢のように浮かんでくる故郷。
   土手下の二軒長屋、ちゃぶ台、草餅、若い父と母・・・・・。
   老いていく日々の感慨を不条理の笑いでくるんだ新詩集。>

この高階氏によるキャプションは、この詩集を要約していると言ってもいいだろう。
長嶋氏の作品を引く前に、こう言ってしまっては身も蓋もない。
少し作品を引いてみる。

     鬼怒川      長嶋南子

   川のなかに呑みこまれそうになった
   鬼がきたのだ
   怒らせてはいけない
   力を抜いてあお向けになって流されていく


   子のないおばさんが
   養女にと母に言ってくる
   おばさんの子になって
   誰もいない昼間こっそり
   タンスのひきだしを開ける
   ひきだしのなかを川が流れている
   女の子が浮いている
   ここに流れついたのかとひとりうなずく

   家が恋しくなるとひきだしをあける
   川に飛び込む
   土手下二軒長屋
   五人きょうだいがいる六畳ひと間に流れつく
   ひきだしのなかを行ったりきたりしていた

   あの夏 わたしは鬼に呑みこまれたのだ
   ずっと鬼の腹のなかにいる
   腹のなかで男と出会い子どもを生んで
   気がついたら
   しらが頭に角を隠したうす汚れたお婆さんがいる
   どこからみてもわたしではないのに
   わたしだ

        からし菜      長嶋南子

   食べすぎて吐く
   口から子どもがでてきた
   口から出まかせの子どもは育たない
   水に流す
   流した子どもは数えきれない

   夜ふけ 寝ているわたしの頭のなかに
   流した子どもが
   ずるずる入り込んでくる
   私の脳に住みついてしまった

   二月の食卓にからし菜
   こまかく刻んで醤油たっぷりかけて
   炊き立てのご飯にのせて食べる
   母親ゆずりの好物
   おいしいと脳は反応する
   脳内の子ども
   おいしいといっている

   子どもは海馬を乗りまわして
   遊び呆けている
   わたしの年金を食いつぶす気でいる

        家があった      長嶋南子

   草ぼうぼうのあき地に立っている
   ここに家があった

   庭先で酔った弟が大の字になって寝ている
   もう少ししたら奥さんと別れることになる 知ってた?
   生れたばかりの娘は別の男に育てられる
   知ってた?

   そんなところで寝てないで
   奥さんと娘のところへ早く行きなよ
   弟はろれつが回らないことばで
   姉さん 早く夫に先立たれること知ってた?
   子どもが引きこもりになること
   知ってた?

   知らない 知らない
   弟がいたことも子どもがいたことも
   おかっぱ頭のわたしはあき地でままごとしている
   子ども役の弟に
   早く学校に行きなさいといっている
   生きたくないと子ども役の弟は
   大の字にむなって寝ている
   草むらでムシが
   知ってる知ってる と鳴いている

   家があった
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この本のⅠ Ⅱ Ⅲ の項目名になっている作品を引いてみた。
項目名にするくらいだから作者にとって愛着のある作品だと思うからである。
これらの詩の醸すアトモスフェアは共通している。
帯文で高階氏が書く通りである。

<すっかり世話を焼かれるからだになった
   もうすぐ焼かれるからだになる

   来し方を振り返れば夢のように浮かんでくる故郷。
   土手下の二軒長屋、ちゃぶ台、草餅、若い父と母・・・・・。
   老いていく日々の感慨を不条理の笑いでくるんだ新詩集。>

不十分ながら、ご恵贈に感謝して鑑賞を終わりたい。
有難うございました。       (完)




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