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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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肥後六花──肥後菊その他について・・・・木村草弥
20071106_438758肥後菊

──エッセイ──

     肥後六花──肥後菊その他について・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

「肥後六花」というのは季節順に「肥後椿」「肥後芍薬」「肥後花菖蒲」「肥後朝顔」「肥後菊」「肥後山茶花」を指す。
肥後──熊本の藩主・細川家8代の細川重賢公の時代に薬草園が作られ、藩主の命によって植物の品種改良が行われ、その結果うまれたのが、これらの花である。

掲出写真は「肥後菊」である。
以下、季節の順に花の写真を出してゆく。

b0066409_147257肥後椿

↑ 写真②は「肥後椿」である。
ツバキについては寒い頃にいろいろの品種のものを紹介したことがある。そのうちの一つに、この「肥後椿」があるということである。

b0066409_1481022肥後芍薬

↑ 写真③は「肥後芍薬」である。大きな豊かな花が特長である。
古来、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」と表現されるように花の代表とされてきた。これから転じて、美人の形容に使われたりした。

b0066409_1485176肥後花菖蒲

↑ 写真④は「肥後花菖蒲」である。
この花も彩りと言い、花の大きさと言い、豪華な花という感じがする。
この辺のところに藩主の派手好みが出ているというべきだろう。
ネット上に、この「肥後六花」のことも載っているが、細川家・現当主の元首相の細川護煕氏が談話を寄せて書いている文章が見られる。
細川護煕氏は今、伊豆で陶芸制作三昧の日々を送っているが、その伊豆の屋敷というのが、母方の近衛公のものであるという。
臍の緒を切ったのが高貴な生まれとは言え、優雅な世界である。

b0066409_1492581肥後朝顔

↑ 写真⑤は「肥後朝顔」である。
この朝顔も大輪で、たっぷりとした、あでやかな雰囲気を湛えている。色はいろいろあるらしい。

順番からすると、この花の後に「肥後菊」が来るのであるが、一番はじめに出しておいた。色についてはさまざまあるようである。
今の時代は海外との交流が、過剰とも思えるほどに激しく、日々あたらしい品種のものが導入されてくるが、昔は花の種類も多くはなく、
品種改良も重点的にやられたと言えようか。だから丹精の結果、花が豪華である。

b0066409_1503929肥後山茶花

↑ 写真⑥は「肥後山茶花」である。
この花もボカシ入りの大きなものである。

これで「肥後六花」と呼ばれるものを一渡り紹介したことになる。
季節としてはまだ寒い気候の「ツバキ」から、初冬の花「サザンカ」まで、ほぼ二ヶ月おきに一年を経過したことになる。
花は花ながら、こういう季節感というものを古人は、大切にしたのである。
終わりに、サザンカの句をひとつ引いて終る。

    山茶花の咲き散り呉須の手塩皿・・・・・・・・田口一穂


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