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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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細見和之『「投壜通信」の詩人たち』─〈詩の危機〉からホロコーストへ・・・木村草弥
細見_NEW

──新・読書ノート──

     細見和之『「投壜通信」の詩人たち』─〈詩の危機〉からホロコーストへ・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・岩波書店2018/03/14刊・・・・・・

細見和之とは、こういう人である。 Wikipedia による。 ↓
細見和之(ほそみ かずゆき、1962年2月27日 – )は、日本の詩人、京都大学教授、大阪文学学校校長、ドイツ思想専攻。

来歴

兵庫県篠山市生まれ。篠山市在住。兵庫県立篠山鳳鳴高等学校、大阪大学文学部卒業、同大学院人間科学研究科博士課程満期退学。2007年「アドルノの場所」で大阪大学から博士(人間科学)。大阪府立大学講師、助教授、教授を経て、2016年4月から京都大学 大学院 人間・環境学研究科 総合人間学部教授。専門はドイツ思想、特にテオドール・アドルノ。

2013年5月より自分の詩に曲を付けはじめるとともに、高校時代のバンド仲間とtheチャンポラパンbandを結成、篠山市を中心に大阪でもライブ活動も行ない、ソロでの展開をふくめて活動を模索している。2014年から大阪文学学校校長兼任。

著書

単著
『沈むプール――詩集』(イオブックス, 1989年)
『バイエルの博物誌』(書肆山田, 1995年)
『アドルノ――非同一性の哲学』(講談社, 1996年)
『アイデンティティ/他者性』(岩波書店, 1999年)
『言葉の岸』(思潮社, 2001年)、第7回中原中也賞候補
『アドルノの場所』(みすず書房, 2004年)
『言葉と記憶』(岩波書店, 2005年)
『ポップミュージックで社会科』(みすず書房, 2005年)
『ホッチキス』(書肆山田, 2007年、第13回中原中也賞候補)
『ベンヤミン「言語一般および人間の言語について」を読む――言葉と語りえぬもの』(岩波書店, 2009年)
『「戦後」の思想――カントからハーバーマスへ』(白水社, 2009年)、第7回日本独文学会賞
『永山則夫――ある表現者の使命』(河出書房新社, 2010年)
『家族の午後――細見和之詩集』(澪標, 2010年)、第7回三好達治賞受賞
『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』(岩波書店, 2011年)、第3回鮎川信夫賞候補
『闇風呂』(澪標, 2013年)
『フランクフルト学派』(中公新書, 2014年)
『石原吉郎――シベリア抑留詩人の生と詩』(中央公論新社, 2015年)
『「投壜通信」の詩人たち <詩の危機>からホロコーストへ』岩波書店、2018

共編著
(エンゲルベールト・ヨリッセン、小岸昭)『ヨリッセン先生と言葉――出会いからはじまる異文化論』(朝日出版社, 1996年)
(崎山政毅・田崎英明)『歴史とは何か――出来事の声、暴力の記憶』(河出書房新社, 1998年)
(山田兼士共編著『小野十三郎を読む』(思潮社, 2008年)
(山田兼士)『対論 この詩集を読め 2008-2011』(澪標, 2012年)
『対論 この詩集を読め 2 (2012-2015)』山田兼士共編 澪標、2016
『ニーチェをドイツ語で読む』編著(白水社, 2017年)

訳書
アルミン・ツヴァイテ ほか『アメリカ――大恐慌時代の作品』(リブロポート, 1994年)
ショシャナ・フェルマン『声の回帰――映画『ショアー』と「証言」の時代』(太田出版, 1995年)
テオドーア・W・アドルノ『認識論のメタクリティーク――フッサールと現象学的アンチノミーにかんする諸研究』(法政大学出版局, 1995年)
ユルゲン・ハーバーマス ほか『過ぎ去ろうとしない過去――ナチズムとドイツ歴史家論争』(人文書院, 1995年)
エルネスト・ルナン ほか『国民とは何か』(インスクリプト, 1997年)
イルミヤフ・ヨベル『スピノザ異端の系譜』(人文書院, 1998年)
イツハク・カツェネルソン『滅ぼされたユダヤの民の歌』(みすず書房, 1999年)
アドルノ『社会学講義』(作品社, 2001年)
ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論』(全5巻、岩波現代文庫、2003年)
カール・マルクス『マルクス・コレクション(6)フランスの内乱、ゴータ綱領批判、時局論(上)、インド・中国論』(筑摩書房, 2005年)
T・W・アドルノ『否定弁証法講義』(作品社, 2007年)
ハンス・ヨーナス『生命の哲学――有機体と自由』(法政大学出版局, 2008年)
(村岡晋一、小須田健)フランツ・ローゼンツヴァイク『救済の星』(みすず書房, 2009年、第12回レッシング翻訳賞受賞)
T・W・アドルノ『哲学のアクチュアリティ』(みすず書房、2011年)
イツハク・カツェネルソン『ワルシャワ・ゲットー詩集』(未知谷、2012年)

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この本はアマゾンで古書として買ったが新品同様のものである。
「初出」は倉橋健一主宰の詩誌「イプリス」「イプリスⅡ」などに載せたものを再編集されたもの。
岩波書店から出すだけあって、極めてアカデミックな難しい本である。
投壜通信とは、どういうことなのか。
投壜通信とは「難破船から海に放たれた瓶詰の手紙」のことだが、19世紀半ばのポーから20世紀後半のツェランまで、ヨーロッパには、この「投壜通信」をモチーフにした詩人たちの系譜があった。
ポー、マラルメ、ヴァレリー、エリオット、カツェネルソン、そしてツェラン──。
「西洋の没落」という嵐のもと、反ユダヤ主義の潮流が渦巻く中、彼らはいかに現実と対峙し、詩作を成したのか、
言語の壁を超えて展開し、西洋近代文学史に新たな補助線を引く画期的論考、と書かれている。
この「投壜通信」というイメージは、カツェネルソンが死の前に、壜に詰めて地中に埋められていた作品、という現実的なものに基づいているのである。

この人は本来はドイツ語から学び始めたらしいが、厳密には中学校以来、英語を学んでいると思われるので英語が最初だろうが、その後にフランス語、イディッシュ語、最近ではヘブライ語を学びはじめたというから驚きである。
私などは選集でパウル・ツェランの詩に膾炙したに過ぎない。
ユダヤ人は頭がいい。そして商売が巧い。学者、芸術家、企業家など西欧の中枢には彼らが居る。

この難解な本を読み解くには腰を据えなければならないが、今は私には、そのゆとりがないので「目次」の項目を記すのみにしたい。
  第一章 エドガー・ポーと美的仮象
  第二章 スタファヌ・マラルメと「絶対の書」
  第三章 ポール・ヴァレリーとドレフュス事件
  第四章 T・S・エリオットと反ユダヤ主義
  第五章 イツハク・カツェネルソンとワロシャワ・ゲットー
  第六章 パウル・ツェランとホロコースト(上)
─「死のフーガ」をめぐって
  第七章 パウル・ツェランとホロコースト(下)
        ─「エングフュールング」をめぐって 

この本を読む上で、このブログの記事が有益なので参照されよ。 → 「tomkings.exblog.jp」


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