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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第十二回・・・・木村草弥
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──月刊「茶の間」連載──(12)

   月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第十二回・・・・・・・・・木村草弥

    ひととせを描ける艶(ゑん)の花画集ポインセチアで終りとなりぬ

 秋の期間、茶の木はたっぷりと秋肥(あきこえ)を与えられて、十二月の今は冬眠に入っている。
だから今月は茶からは離れて季節を詠んだ歌を採り上げようと思う。
 今の時期は花の彩りに欠ける。
そんな中にあって鮮やかな緋色を 見せつけるのがポインセチアだ。
最近は品種改良されてマーブル模様のものなどがあるが、私は緋色が好きである。

   黄落(こうらく)を振り返りみる野のたひら 野はゆく年の影曳くばかり

   野仏の翳(かげ)れば野には何もなくすとんと冬陽落ちてゆきたり


 黄落とは紅葉(こうよう)の別名である。歌の場面では平素は使わないような単語を使って趣向を凝らす。
 古い歴史を有する山城の地にはあちこちに石の野仏が見られ、動乱や戦に巻き込まれた人々の鎮魂の祈りが偲ばれるのである。
今では開発が進み変貌著しい当地だが古(いにしえ)人の情感を想起したい。

   雷鳴が記憶をつんざく夜明けにてまほろばの紙となりたる冬蝶

 冬の夜明けなどに突然、雷が鳴ったりする。これを「寒雷」と呼ぶが、れっきとした俳句の季語だ。
冬の間にいつの間にか家の隅などに蝶が越冬しているのが見られる。
紙のように静止して、じっと耐える蝶の姿は何ともいじらしいものである。

   垢じみたこころ洗ひたし 冴えわたる極月(ごくげつ)の夜に月の利鎌(とかま)だ

   振り返ることのむなしさ腰下ろす石の冷えより冬に入りゆく


 長い年月を生きて来ると心が垢じみてくる気がするものだ。そんな心境を詠んでみた。
 
一年間の連載のページを与えていただき、拙い歌と文章にお付き合い有難うございました。
 読者の皆様の健康と幸運をお祈りしてペンを置く。            

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一年間の連載が終わって、ほっとした気分と、一抹の寂しさも覚える。
それにしても、担当者がネットを調べ、アマゾンから私の歌集を買い求めて、拙宅を訪ねて来られたのは昨年の晩秋のことであった。
これらの営為に対して有難く御礼を申しあげたい。
この雑誌は、当地だけではなく、定期購読者など広く読まれているもので公称発行部数は40万部だと言われている。
その上に、一回の執筆料として15000円も戴ける。
短歌雑誌と比べると破格の高さである。 このことにも厚く御礼申し上げたい。
私のブログの読者の皆様も、お付き合いいただき有難うございました。
いよいよ十二月─師走である。 向寒の折から御身ご自愛くださるようお祈り申し上げる。   (完)




        
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