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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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花岡カヲル歌集『枯葉のみやげ』・・・木村草弥
花岡_NEW

──新・読書ノート──

      花岡カヲル歌集『枯葉のみやげ』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                  ・・・・・未来山脈社2018/11/20刊・・・・・・・

標記の本が届いた。 未来山脈叢書202編
花岡カヲルさんは、こういう人である。
1935年長野県諏訪郡下諏訪町生まれ。
1956年 信州大学教育学部を修了。諏訪地区の小中学校に勤務する。
1960年 花岡清雄と結婚して岡谷市に住む。 二人の娘に恵まれる。
1993年 立野行雄に誘われ「未来山脈」入会。

花岡カヲルの受賞歴 を引いておく。

①平成13年 第八回口語短歌全国大会佳作に入選
  地上に灼熱の暑さを残し 真赤な太陽がビルの中に吸い込まれて行く
②短歌四季(平成15年1月号~12月号)の四季吟詠で特選となり、「現代歌人俊英選集Ⅳ」短歌招待席に参加
  胃にやさしい白い粥 緑の色に映えて今生きるのだと我は噛みしむ
③平成24年度 未来山脈健詠賞 受賞
④平成26年新春読者文芸で口語短歌一席となり、長野日報社から楯を頂く
  筆おろし馬と一文字描く 墨の香が仄かに流れてゆく年初め

この本のはじめに主宰・光本恵子の7ページに及ぶ「序文」が載っている。
そこには花岡さんの歌の主要な部分が述べ尽くされているので、私が余計なことを書く必要もないが、敢えて書いてみる。

題名になった「枯葉のみやげ」の意味である。

  *玄関に枯葉のみやげをつけて二つ並んだ大きな靴小さな靴

次女さち子は千葉大学の薬学部を卒業し、キッセイ製薬から外資系のダイナボットに転職、選ばれてアメリカの本社に行ったあと、高校の同期だった人と結婚。その後、結婚相手とイタリアへ渡る。
この歌は、結婚した二人が広尾の自宅マンションに帰宅した時の玄関の様子を詠ったものという。
男物の大きな靴と娘の小さな靴、その靴には枯葉が乗っていた。赤く色づいたケヤキの葉が仲のよい二人の靴についてきたのだろう。
その葉を「お土産」と捉える母の想い。この歌から歌集名が採られた、という。

  *覚えたてのイタリア語で「ボナセーラ」娘と国際電話する夫

そんな幸せの絶頂にあった次女が病に侵されて、そして不帰の人となってしまった。

  *病む娘を庇い気遣う婿 言葉や仕草の端ばしにしみでるいたわり
  *近代医療の粋 最善の治療もむなしく次女さち子逝く
  *娘編みかけのセーターを私の手で仕上げる 婿は喜んで着る

悲しみの渕に立たされた花岡さんは一年間ほど歌が詠めなかったという。
そして、立ち直った彼女が作品を発表した「全国口語短歌大会」の歌が冒頭に引いた歌である。

「ただならぬ轟音」と題される一連がある。
住んでおられた岡谷市湊地区を襲った土石流の災害である。2006年7月19日のことである。

  *早朝四時半ただならぬ轟音 天変地異かと驚愕し身がちぢむ
  *一気に家も人も車も石も大きな木さえ根こそぎ押し流す濁流
  *小田井澤川の思いがけぬ土石流 心に痛くきざまれた爪痕
  *我家のある小田井岬を遠くから望む 八千年前土石流で作られたという
     < 土石流汗した畑を流しけり >──原天明に師事したときの俳句である。  

長い人生の中には、予想もしないことが起こるものである。

  *ぶっつかる 食器を壊す 転ぶ 私の中で何かが壊れてゆく
  *三月二十日は吟の発表会 独吟の初舞台が刻一刻と迫る緊張のルツボ
  *高齢者学級で原天明師と出会う 俳句の学びの世界へ導かれ

短歌以外にも、さまざまなことに挑戦する花岡さんである。
そんな中でも、冒頭に挙げた歌の入選が光っている。

  *新春文芸「口語短歌」一席の楯が長野日報社から届けられる
  *楯を胸に抱きしめてしみじみと二十年短歌に歩みきた熱き思いに浸る

御夫君の病みや死去に関する歌が少ないのが、私には不満である。

  *退職後夫は何時も傍らに 助け合って生きてきた二人三脚の夫婦
  *病の検査治療加療を繰り返した夫と共に十三年二人で通った大学病院

すこし引いたが、詠み方が概念的である。具体的な、生き生きした表現が欲しかった。
不十分ながら、いよいよ巻末の歌である。

  *二十余年ひたすら紡ぎ積み上げた短歌の束 歩みきた証を綴る

ここで一巻を通読して感じた私の、ささやかな違和感を敢えて申しあげる。
「歩みきた」は「文語」の表現である。口語短歌というからには、ここは「歩んできた」としたい。
他にも、こういう表現があるので敢えて書いてみた。ご了承をお願いしたい。

六百余の膨大な歌の中から、いくばくの秀作を拾い得たか覚束ないが、これで拙い鑑賞を終わる。
私よりは五歳ほどお若いが、益々ご壮健で過ごされるようお祈りいたします。
率直な物言いをお詫びする。  有難うございました。           (完)




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