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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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木村草弥詩集『修学院幻視』に寄せて・・・・・貝沼正子
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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      木村草弥詩集『修学院幻視』に寄せて・・・・・・・・・・・・・貝沼正子(「未来山脈」会員)

木村様は、とても米寿を過ぎている方とは思えないほどお元気で、パソコンを自在に操り、旺盛な知識欲と独自の文学表現で、短歌も詩もエッセイも毎月あちこちの雑誌に健筆を揮われていらっしゃるのです。
 この度の詩集『修学院幻視』の御上梓は、詩集では三冊目になるそうです。
私は以前の作品を知りませんし、詩の方に疎いので適切な批評とはなりませんが、未来山脈会員の好で小感を書かせていただきます。

最初に、御水尾天皇像のシックな装丁、山田兼士様の帯文に惹かれて読み始めたら、ぐいぐい引き込まれ一気に拝読いたしました。
岩手出身の私は、宮沢賢治の詩に親しみをもっていますが、この詩集は、従来の詩形もあれば解説、説明、解題のような散文詩もあり、作者独特の構成と展開に瞠目してしまいました。
並外れた知識とエロスで綴る斬新奇抜な詩的世界は、まさに作者のワンダーランドと呼ぶべきでしょう。

作品群から抜粋して
1 春の修羅
 どの作品も一行二十五字から三十字くらいで改行され、散文よりは詩の形態を持つものが多い。
作品の内容から作者の関心が多方面にわたるのが見て取れ、背景や歴史、数字的なものもよく調べられている。
厳密さへのこだわりが遺憾なく発揮されていて、特に名字を取り上げた「上と下」の作品は、ネットで詳しく調べられていて興味深い。
「あなたの名前どう訓むの?」では、今どきのキラキラネームが出てきて思わず苦笑いしてしまった。そんなクラスの担任にはご苦労様ですと言いたい。

Ⅱ 修学院幻視
 後水尾天皇を尊敬する作者は執筆にあたり、関連する歴史書はもとより、桂山荘や修学院山荘の歴史を厳密に調べ、造園が完成するまでを詳しく書かれている。
惜しいと思うのは、「百聞は一見に如かず」と言われているように、庭園の写真や平面図があればもっと読者に伝わるのではないかと思ったことである。
筆者も京都は昔、三回ほど行ったことがあるが、市内にある有名な神社やお寺、太秦が主で、桂離宮も修学院離宮も行ったことが無い。
またほかの庭園に比べ常時公開されているわけでもなく、参観するにも事前の申し込みと許可が必要とあり敷居が高いようだ。
現在はネットで調べる方法があるので、参考までに見てみたら写真が載っていてなるほどと思った次第である。
本書で、池や上中下の茶屋のことまで詳しく書かれていても、山荘全体の配置関係が見えないと文章から想像するしかないと思うからである。
 作者が「畢詩 あとがきに代えて」の中で「現代詩は何でもあり、だから「見てきたような」虚構で彩ってみた」と断言されているように、遊女がらみの作品群は作者の自由奔放な想像力が存分に発揮されていて、密かな愉悦さえ想わせる。
江戸時代初期の後水尾天皇が、平安時代の貴族が好んだ王朝文化に憧れを抱き、池に浮かべた船上で和歌を詠み、管弦を奏で、酒宴を設けるといったことを修学院離宮でおやりになられた。
徳川幕府による朝廷支配に反発しつつ、宮廷文化を継承してゆく場として、修学院離宮の造営に力を注いだことが、歴史的背景から浮かび上がり興味深い。
筆者の住む一関とは隣町の平泉でも、毎年「藤原まつり」が行われ多くの観光客で賑わう。中でも義経の東下り行列の様子や毛越寺庭園の大泉が池に舟を浮べて、平安絵巻さながらの舟遊びはとても人気があり見物客が多い。
それより大規模な修学院離宮で、宮廷文化人の優雅な遊びはどのようなものだったのか想像するしかないが、この詩集にそのきっかけを頂いたことを感謝している。
ありがとうございました。
 木村様の旺盛な作詩意欲と想像力、益々のご健筆をお祈りいたします。
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私信にわたる部分もあるが、一部を引用すると誤解を招くこともあるので、ほぼ全文を引いた。ご了承を得たい。
貝沼正子さんは、今は口語自由律の「未来山脈」に居られるが、前は加藤克己の結社「個性」に所属しておられた。 
「個性」は、かなり自由な結社で、自由律や口語など、何でもありのところだった。
私も口語、文語、定型、非定型、自由律、 の区別なく、自由に作歌しているので 、「うまが合う」というのだろうか。
貝沼正子氏には、『燦燦ブルー』(1999年個性叢書)があるらしいが、私は未見である。
その「個性」が主宰者の死によって解散したので、貝沼さんは光本恵子主宰「未来山脈」に移って来られたようである。
因みに私の第六歌集『無冠の馬』の書評もいただき、このブログで紹介したことがある。
私は「短歌」を始めたときから「文語、歴史的かなづかい」を基本に作歌してきたが、若い頃から「現代詩」に親しんできたので、自由な作風にも憧れがある。
そんな中、宮崎信義から誘われて口語自由律の「新短歌」に一時所属していたことがあり、第三歌集『樹々の記憶』(短歌新聞社刊)は自由律の作品である。
この本の「帯」文は光本恵子さんが書いていただいた。

余計なことを書いたかも知れないが、不十分な紹介よりも、詳しい方がいいと思ったので、お許しいただきたい。
貝沼さん、有難うございました。失礼にわたる点があれば、お詫びします。



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