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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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『修学院幻視』私信と書評・・・萩岡良博
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↑ 柊の花
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 ↑ 柊の実
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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     『修学院幻視』私信と書評・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・萩岡良博 (「ヤママユ」編集長)

敬愛する萩岡氏から手紙が来て、標記のような懇篤な私信と書評を賜った。
ここにその全文を転載しておく。
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鉄線の帰り花が一輪、霜月尽日のひかりの中にそよいでいます。
詩集『修学院幻視』ご恵贈賜りありがとうございました。
ちょうど巻頭にあります「柊の花」がびっしりと咲いている時分に読み出しましたので、今年はこの目立たない花をじっくり眺めました。
ぼんやりと日を送っていますので、実には気がつきませんでした。
来年の六~七月には注意して見てみたいと思います。
十年ほど前、この花の咲く十二月初旬に、はじめて男の孫が生まれましたので、魔を祓う意味もこめて柊刀(しゅうと)と名づけましたが、「あなたの名前どう訓むの?」にも柊希や宮柊二が出てきて感慨深いものがありました。
こんな恣意的で個人的な読み方で申し訳ありませんが、続けます。
京都市内で下宿をしながら大学の四年間を過ごしましたが、全共闘運動の影響が残っていて休講、休講が相次ぎ、次第に学校から足が遠のき、お寺巡りをするようになりました。
しかし桂離宮と修学院離宮は申込みが必要で、その手間を惜しんで行かずじまいでした。
ものを知らないということは怖いものだと思い知らされのが、Ⅱの「修学院幻視」でした。
詩という形で木村さんが蘇らせてくださった後水尾院という文化的存在は、京都の歴史がもつ洗練された雅びさと奥深さを体現している人物として、遅ればせながら小生の意識に深く刻みこみました。
帯に米寿とありますが、木村さんの詩精神のみずみずしさは、後水尾院の生命力を支えていたお夏、お秋、お冬、お春の詩に見る命の源泉としてのエロスから湧き出てくるものだと思いつつ拝読しました。
<「お前は俺の影だ」と兄は宣言した。>や<「影」が自立することは出来るのだろうか。>という詩句がありますが、影の深さ、濃さだけ命の輝きは強く、木村さんの詩として、短歌として、十二分に自立していると思います。
来年は、この詩集を携えて、修学院離宮を訪れたいと思います。
明日から師走、くれぐれもご自愛下さいますよう。
  十一月三十日               萩岡良博
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私の作詩の意図を汲み取っていただき、有難うございます。
萩岡氏については、このブログに何度か萩岡氏の歌集などについて載せたことがあるので参照されたい。  ↓
「やすらへ。花や。」
「周老王」
「禁野 抄」    ← いずれも「リンク」になっている。クリックされよ。





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