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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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草弥の詩作品・・・「州見山」・長歌と反歌・・・・・・・木村草弥
初出・Doblog2008/09/02
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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itii2イチイ実

──草弥の詩作品『草の領域』──(51)
 
  州見山・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

   長歌   あららぎの丹の実光れる州見山

三香原(みかのはら) 布當(ふたぎ)の野辺を さを鹿は嬬(つま)呼びとよむ。

山みれば山裳(やまも)みがほし、里みれば里裳(さとも)住みよし。

櫟坂(いちさか)を登りいゆけば 山城(やましろ)と寧楽(なら)の境に、

あららぎの丹(に)の実光れる 州見山(くにみやま)。

天地(あめつち)の依り合ふ限(きは)み 春草を馬食ひをらむ州見山。

あしひきの州見の山ゆ 見かへれば朝霧のおぼに流るる泉河(いづみがは)。

青丹よし寧楽の都に木材(きだち)運ぶと、木の津なる浜辺に見ゆる大船の ゆくらゆくらと。

陽炎のあるかなきかの、春霞たつ つぎねふ山城。

夏草の繁き勢(きほ)ひの 幣(みてぐら)を寧楽に。

秋草に結ぶさ露のしろしろと、天つ水仰ぎて待たむ。

石(いは)走る垂水も凍(い)てて 羽交ひの鴨に雪は零(ふ)りつつ。

古への賢(さか)しき人の 天雲(あまぐも)のたどきも知らず

 ししくしろ熟睡(うまい)に落つるぬばたまの妹(いも)。

狩衣(かりぎぬ)の乱るるなへに狛錦(こまにしき)紐解きまけて 

はねず色の移ろひやすき若草の嬬。

   反歌

拓かれし州見台てふ仮り庵(いほ)に愛(め)ぐはし 女男(めを)の熟睡なるべし
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(2008年9月1日 作)(まだ習作で推敲することがあります)

「州見山」というのは京都府最南端の奈良県との境にある小高い山。
この名をとどめているからには、昔は京都(山城)盆地と奈良盆地を240度くらい見晴らせる丘であったろう。
一角には古墳も見つかり、今は古墳公園として保存されている。
「木の津」という泉川(木津川、古くは山背川とも表記した)の浜辺に着いた木材を陸に引き上げて荷車で奈良の都造営に運んだという歴史的考証もある。「木津」という地名は、これに由来する。
例えば、琵琶湖の東岸の材木を伐り出して瀬田川、宇治川、木津川を経て「木津」の浜に陸揚げしたという考証がある。そのために琵琶湖東岸の辺りの山は、禿山になったという。
「三香原」「布當」の地名は、束の間の宮都であった「恭仁京」を取り巻く辺りで、字の表記は時代とともに変遷がある。
この作品は、いわゆる「万葉」調の調べを習作してみた。国語辞典を調べてもらえば判るが「枕詞」を多用してみた。音数律は五、七を基本として繰り返す、流れるような、うねるような感じを模索した。古語も駆使してあるので、意味の面から読もうとするのではなく、音読の面白さを追及してもらいたい。
この地は今、関西学術研究都市の一角として、行政的には昨年発足した京都府「木津川市」であるが、「州見台」1丁目~8丁目にわたる計画的な住区と研究機関との調和を図った。さらに東には古い地名である「梅谷」から名前を取った「梅美台」数丁目も開発され、それらを合わせて、完成すれば住民数一万数千の、広い庭を持つ、高級住宅地となるはずである。戸建だけでなく、住民の層を多層化すべくマンション、アパートも多く建てられている。老齢化に備えて老健施設や老人ホーム、各種診療科の医院も多くある。
小学校2校は、すでに開校し、来春には中学校も、この一角に開校する予定である。
大きなショッピングセンターも、住宅の構成を崩さないように一番西端の道路沿いに開かれ、スーパー、コンビニも数箇所あり、生活の利便性も確保されつつある。
バスも奈良交通が路線を敷き、近鉄奈良駅、高の原駅に直結していて便利である。バスはICカードの「PITAPA」「ICOCA」が使えるので小銭要らずでワンタッチ。
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178333491アララギ実

掲出した写真①②とも「あららぎ」「イチイ」「櫟」「一位」とさまざまに呼ばれる、この木の実である。 ②は接写。
下記にネット上に載る記事を引いておく。

イチイ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イチイ(一位、櫟、学名Taxus cuspidata)
イチイ科イチイ属の植物。またはイチイ属の植物の総称。常緑針葉樹。別名をアララギ。
北海道ではアイヌ語由来のオンコと呼ばれる。

同属にヨーロッパイチイ(T. baccata)があるが、本稿においては特に注記しない限りは日本に生息するイチイ(T. cuspidata)についての説明である。

分布
日本では北海道から九州にかけて山地に自生する。特に東北から北海道までの寒冷地帯に群生する。庭木としては一般的で沖縄を除いた日本全国で見られる。

特徴
イチイ(Taxus cuspidata)は果実雌雄異株で、高さ20mほどの高木になるが成長は遅い。樹型は円錐形になる。幹の直径は50-100cmほどになり、樹皮には縦に割れ目が走る。

葉は濃緑色で、線形をし、先端は尖っているが柔らかく触ってもそれほど痛くない。枝に二列に並び、先端では螺旋状につく。

4月ごろ小形の花をつけ、初秋に赤い実をつける。種子は球形で、杯状で赤い多汁質の仮種皮の内側におさまっている。外から見れば、赤い湯飲みの中に丸い種が入っているような感じである。 果肉は甘いが、種は苦く、アルカロイドの一種が含まれ、有毒。

用途
耐陰性、耐寒性があり刈り込みにもよく耐えるため、日本では中部地方以北の地域で庭木や生垣に利用される。東北北部と北海道ではサカキ、ヒサカキを産しなかったため、サカキ、ヒサカキの代わりに玉串など神事に用いられ、神社の境内に植えられる。
木材としては年輪の幅が狭く緻密で狂いが生じにくく加工しやすい、光沢があって美しいという特徴をもつ。工芸品や机の天板、天井板、箸、鉛筆材として用いられ、岐阜県飛騨地方の一位一刀彫が知られる。

日本(一説には仁徳天皇の時代)では高官の用いる笏を造るのにこの木が使われた。和名のイチイ(一位)はこれに由来するという説もある。

果実は甘く、そのまま食用にしたり、焼酎漬けにして果実酒が作られる。しかし種子にはタキシン(taxine)という有毒のアルカロイドが含まれている。種子を誤って飲み込むと中毒を起こし、量によってはけいれんを起こし、呼吸困難で死亡することがあるため注意が必要である。イチイのタキシンは果肉を除く葉や植物全体に含まれる。

葉はかつて糖尿病の民間薬としての利用例があるが、薬効についての根拠はなく、種子と同様有毒であるために絶対に服用してはならない。
心材が赤い為、赤色の染料にも用いられる。

雑学
ル=グウィン著の「ゲド戦記」で、当初ハイタカが愛用していた杖は「イチイの木」でできた杖であった。同書では、イチイの木は人を叩いても、傷つけない特殊な木として扱われている。

地方公共団体の木に指定している自治体
岐阜県

市町村の木に指定している自治体
北海道 - 恵庭市、北見市、函館市、富良野市、今金町、小平町、中川町、当麻町、東神楽町、美幌町、むかわ町、由仁町、西興部村、奥尻町
青森県 - 八戸市、五戸町
岩手県 - 遠野市
山梨県 - 忍野村、山中湖村
長野県 - 上田市、岡谷市、塩尻市、飯島町、御代田町、高山村、山形村
岐阜県 - 高山市
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■私の友人の崎川宗伯君の話によると、彼の住む城陽市「市辺」は「いちのべ」と読むが、昔は「櫟野辺」とも書いたらしい。念のため『京都府地名大辞典』(角川書店)の「地名編」に当たってみると、確かに、そのように出ている。そして「地名の由来は、当地付近に櫟樹が繁茂していたことに由来するという」と書かれている。
これらを見ると、昔(と言っても古代のことであろうか)は、山城の地にも「イチイ」の木がかなりあったらしいことが判る。
■「州見山」については、崇神天皇10年に大毘古命が「山代ノ国ヲ見ルニ宣シ」と述べたところから、その名の生れたという国見山(105m)、という記述があるので、この山の歴史も古いことになる。
■「櫟坂」については、今の地名は「市坂」というが、「一ノ坂」と書かれた時期があるようである。「古事記」崇神天皇条に「山城之幣羅坂」、「日本書紀」にも「山代平坂」の記述があり、これが古名か、と書かれている。
とにかく古い地名であり、古代から州見山の麓を通って山代国から大和国に通ずる街道が通っていたのである。
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