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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子の歌「芋競べ祭り」31首・・・木村草弥
晶_NEW

──村島典子の歌──(36)

     村島典子の歌「芋競べ祭り」31首・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・・「晶」104号2018/12所載・・・・・・・・

           芋競べ祭り      村島典子

      九月二日、「近江中山芋競べ祭り」を見学せり。東西の集落で育ちしサトイモの
       長さを競ひ、コメの収穫を占ふ祭事。八百年以上続く奇祭と言ふ。


   あかねさす蒲生野よぎり中山のむかで道ゆく神祭り見に
   野上山の左右へ担がれ上りゆく真竹ふたさを芋結はへられ
   稲田みのり黄に染まりそむ山すそを西谷の芋のうしろにつづく
   裃をつけし山若祭場に足袋はだしにて畏まりたり
   神のさかづき覡(かんなぎ)の杯かみしもを着けし山若の所作のまぢかぞ
   ひむがしに女の神西に男の神を祀り両者はあらそふらしき
   和魂と荒魂います西谷のあらたま斎庭に足踏み鳴らす
   割竹の青き竹垣めぐらされ神と人とを隔てしならむ
   丸き石敷きつめられし山上の斎の庭にこほろぎもゐて
   水底の石を洗ひて子どもらの敷きつめしとふ祭りの庭は
   依り代の神の斎庭に差しきたる秋のみのりの予祝のひかり
   神祭りにあればみ祖も寄りつどふ揚羽舞ひたり黒き衣に
   豊作を占ふ祭り青竹に結はへし芋のながさを競ふ
   西谷の勝たば豊作ひんがしの負けを不作と占ふらしき
   西低く東乾ける土地がらに雨の多少も差配なすらむ
   神と人との祭りなるべし聖域に三々九度の盃交されて
   振舞へば鳥のごとしも山若の三々九度の所作うつくしき
   神前にこども角力を奉らむと山子絣の着物に控ふ
   二番尉から三番尉へ唱へられし口上ひびく谺のごとし
   一番尉に神は斎くか黒装束に神坐のまへに厳かにます
   供物には餅、をり、せんば、ぶと、かもうり、ささげの六品畑の賜物
   御下がりの冬瓜ささげ餅ずいき米粉のさかな山子のまへに
   定尺は一尺足らずの一節の木を割き作りき同じき丈の
   芋打つは神酒に酔ひたる三番尉千鳥足踏み芋打つをかし
   狂言をみる心地せりゆくりなく人の笑へり神も笑へり
   ながながと口上述ぶる「一丈も二丈も三、四丈も五、六丈も長う打ちましてござる」
   あまたたび検分のすゑ西谷の今年はわづか一寸長し
   田楽の発生おもへ神と民の祈りはいまに時間を待たず
   野上山は野神山なり祭り果て人間どもは山を下れり
   道しるべの木の葉敷かれしむかで道をたどり来つるに迷ひたりけり
   法師蝉つれて迷へる山道にさかづき草の白き花咲く

      ・・・・・(中略)・・・・・・・
        祭り果てたるのち、おのづと口を衝きいづる歌あり。
       前登志夫の第二歌集『霊異記』の中の、大汝詣といふ古代的な風習を詠みし「幽祭」の歌。
    
         水底の礫もちて去ぬる山越しの秋の行人多武峰をくだりき
         われにかなし吉野の河の礫ひとつ山越え去なば神の依代

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いつもながらの村島さんの力作である。
滋賀県の僻地に残る「国の重要無形民俗文化財指定」という歴史的習俗を見学して、一連の歌に仕立て上げられた。
その労を尊敬の念をもって、ここに写し取った次第である。
有難うございました。
どうぞ、お元気で越年なさるようお祈りいたします。



   
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