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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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浅田高明『私の太宰治論』・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

       浅田高明『私の太宰治論』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・文理閣2019/01/30刊・・・・・・・


浅田高明氏から標記の本が贈られてきた。 赤字の部分は「リンク」になっているのでアクセスされたい。

この本は『探求太宰治「パンドラの匣」のルーツ・木村庄助日誌』 1996年  に次ぐ、太宰治研究としては五冊目のものである。

私と浅田氏との「なれそめ」は、浅田氏が私たちの長兄・木村庄助と太宰治との研究のために、当地にある昔の「傷痍軍人・京都療養所」─今の国立南京都病院に勤めていた某医師と同道して私宅を訪問されたことに始まる。
太宰治と木村庄助との関係は太宰治全集などで公知のことなので、ここでは繰り返さない。
太宰治関連の資料は、次兄・木村重信の方にあるので、そのことを伝えて兄宅に行ってもらったのだが、浅田氏が書かれた本の写真などに「間違い」があるのを指摘して、訂正してもらった、事ぐらいしか、私は関与していない。
後に兄・重信が「木村庄助日誌」─『パンドラの匣』の底本を復刻出版したときの解説を書いてもらったのも浅田氏である。
太宰治の研究者は何人も居るが、『パンドラの匣』に特化して実地に研究したのは浅田氏だけである。

この本の「あとがきに代えて」の中で
<在野研究の第一人者「太宰文学研究会」会長・長篠康一郎氏、木村庄助ご実弟で原始美術研究家の大阪大学名誉教授・木村重信氏、太宰治文学研究の泰斗・神戸女学院大学名誉教授・山内祥史氏の三先生には、今までに種々、格別のご指導教示を賜りましたが、惜しくも近年相次いでご他界されました。・・・>
と書かれている。
その浅田氏も心臓と腎臓に病を持たれて療養中で、病院のベッドサイトにPCを持ち込んで、この本の執筆と校正などをやられたそうである。
この本に収められた原稿は、あちこちに書かれたものを、まとめられたもののようである。まさに浅田氏の研究の集大成と言えるだろう。厚さ5cmにも及ぶ大部の本である。
「木村庄助日誌」─『パンドラの匣』の底本 を兄・重信が出した際には、私も校正の一端を担ったことがあるので、思い出ふかいものがある。
浅田氏は私と同じ1930年生まれ、本年「卒寿」となられる。病を癒やされ、お元気になられることをお祈りする。
中身に立ち入ることもなく恥じ入るばかりだが、ここに紹介して御礼に替えたい。 有難うございました。
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(追記2/5)
浅田氏からメールが来た。 旧メールは廃止されたので、新しいメル・アドである。
病床で「動く頭と指だけで書きました。遺書のつもりで書きました。疲れました。」と書いてある。
何とも、壮絶なメールである。
私の二通の手紙を見てくださったのである。 ご養生専一に願います。




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