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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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岩井久美子歌集『峠のうた』・・・木村草弥
岩井_NEW

──新・読書ノート──

     岩井久美子歌集『峠のうた』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・ながらみ書房2019/01/29刊・・・・・・・

標記の本が贈呈されてきた。私には未知の人である。
短歌結社「地中海」昴グループ所属で、巻末の「あとがき 1」に松永智子さんが書いているので、松永さんが指示されて届いたものだろう。
松永さんには以前に親しくお世話になったことがあるからである。
この岩井さんのことは巻末に載る住所以外は何も判らない。
最近は、どの結社の人でも、生年月日も年齢も勤め先も、何も書いてないことがある。女の人に多い。
こうして歌集を出すということは、半ば「カミングアウト」することであるから、そういう風潮には、私は疑問を呈しておく。
「あとがき 1」の冒頭で、松永さんは、こう書く。

<日常的に己を語ろうとしない岩井久美子。>

まさに松永さんは、作者の本質を捉えている、と言えるだろう。
しかし、「短歌を作る」という営為は、すでに自分を曝すということであるから、変な「秘匿」は、歌を作る上からもプラスにはならない、と私は思う。
岩井さんの特徴は「口語うた」だということである
今では「口語うた」は珍しくないし、「口語うた」は歌壇の中に定着したと言えるが、口語、文語混じりの歌、というのが大半である。
だが、岩井さんは、徹底して「口語」である。
文脈こそ57577の「定型」にほぼ沿った歌作りになっているが、「口語うた」に徹底している。
それは「口語自由律」の運動とも違っている。
私は、岩井さんの歌で、「口語うた」の新しい展開を見た、と実感するのである。

この本の鑑賞に入って行こう。
掲出した図版から読み取れると思うが、この本の「帯」の文章は、この歌集の本質を的確に捉えていると言える。
作者は山陰地方の海沿いで生まれ、今は地中海に面した海沿いに住まいする。
その中国山地の「峠」というものが作者の心の中に存在する。 「峠のうた」と題された所以である。

*桜咲く城跡にたつ学舎 たしかにわたしは青春を生きた
*くにざかい峠をこえればふるさと 満開の桜ことしふたたび
*ふるさとは山のむこう吹きわたる風が冷たいこのくにざかい

「峠」の歌はいくつもあるが、その中から、この一連を引いておく。
作者が学んだ学舎のこと、作者の青春などが、浮かび上がってくる。

巻頭の歌は「夏の焚き火」と題される。
*「お手伝い」祖父母に並び田の中に立ってわが子の挙げる泥の手
*六時間峠越えれば田の中に母が草とるわたしのふるさと
*日のなかの太い揚羽の幼虫莢だけ残し胡麻の葉を食う
*ふり向いてみる人のない夏の焚き火高高と天に燃えあがってゆく

こうして故郷の景色を巻頭に置いたというところに、作者の故郷への執着を読み取ることができるだろう。

作者には二人の子があり、男の子、女の子らしい。
*おおかたの予想の外れ女児を産み誰にともなくするVサイン

恐らく作者は女の子が欲しかったのだろう。だから「Vサイン」というのが微笑ましい。

*はいはいで部屋を出てゆくみどりご 必ず一度止まりふりむく
*手袋とバッグをかごに積み込み小さな自転車が待機している
*幼子が寄せてくる頬の柔らかさ噛んで確かめるわたしは母親
*「事故るなよ」毎朝同じ夫の声腹も立たず飽きもせず聞く
*玄関に子ら争ってわたくしを迎える足音しあわせの音
*じゃれあって帰る子ふたり赤と黄の小さな傘が離れては寄り

子供たちと夫との愛に満ちた歌を引いてみた。
職場を詠った歌は無いが、作者は教員であるらしいが、詳しくは詠われない。

*アパートに帰り着いたとメールあり息子を見送り二時間の後
*夕ぐれの空に大きい白い月 息子はひとり異郷に暮らす
*軒下に残したままのオートバイに年あらたまる主なきまま
*ひとつ家に暮らしてはや十九年「ふうん」と夫は新聞を読む
*朝からの雨ふりつづく秋の夜夫も娘もまだ帰らない

幼子たちを詠んだ日々が経過して、こんな日々が今となった。それらの日々が哀歓ふかく歌にされていて秀逸である。

*抱きとれば赤子の体やわらかく日暮れの空は濃い茜色
*下の児を抱きとるあいだ上の児は園庭に待つ小さなその傘
*夏の日のビルの谷間をとおりすぎ浜離宮に聞くこの蝉の声
*「ちょっと待て」幼子二人に声をかけ中腰になり写真撮る夫
*子や孫を見送りその後ひとり飲むテイクアウトのコーヒーの味
*めずらしく夫の呼ぶ声指をさす東の空に消えかけの虹

このようにして、子供たちも成人して旅立って行った。この本の中に歳月の経過が、鮮やかに顕ち上がるのである。
そして、巻末の歌は

*雨あがり雨戸開ければ靴脱ぎにインパチェンスの赤い花びら

大した波乱万丈もないまま、一巻は終わりを迎える。
平穏な日々を描いた歌集であった。 拙い鑑賞を終わる。 ご恵贈有難うございました。   (完)



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