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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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恋すてふわが名はまだき立ちにけり人しれずこそ思ひそめしか・・・壬生忠見
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 ↑ 「歌合わせ」の書付(参照)
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 ↑ 「百人一首」の札─この歌が書かれている

──非季節の一首鑑賞──

     恋すてふわが名はまだき立ちにけり
              人しれずこそ思ひそめしか・・・・・・・・・・・・・壬生忠見


この歌は平安時代、宮中の清涼殿で「恋」を主題にした「歌合わせ」の際に、壬生忠見が「秘めたる恋心」を詠んだものである。
実は、この歌は、バレンタイン・デーのプレゼントとして或る人から贈られたチョコレート菓子に添えられたものである。
この菓子は「小倉山荘リ・オ・ショコラ」の製造で、ぴりっとした「柿の種」を色とりどりのチョコートでコーティングしたものである。
もともと、この会社は「あられ」菓子が専門で、その特色を生かして製作されたものである。
テトラ袋に7.8個づつ個包装されて、食べるのにも簡便にできるようになっている。

壬生 忠見(みぶ の ただみ、生没年不詳)は、平安時代中期の歌人。右衛門府生・壬生忠岑の子。父・忠岑とともに三十六歌仙の一人に数えられる。

天暦8年(954年)に御厨子所定外膳部、天徳2年(958年)に摂津大目に叙任されたことが知られるほか、正六位上・伊予掾に叙任されたとする系図もあるが、詳細な経歴は未詳。

歌人としては天暦7年(953年)10月の内裏菊合、天徳4年(960年)の内裏歌合に出詠するなど、屏風歌で活躍した。
勅撰歌人として『後撰和歌集』(1首)以下の勅撰和歌集に36首入集。家集に『忠見集』がある。

逸話として
「天徳内裏歌合」で
     恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか(『拾遺和歌集』恋一621・『小倉百人一首』41番)
と詠み、
     忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
と詠んだ平兼盛に敗れたために悶死したという(『沙石集』)。
なお、『袋草紙』では悶死まではしておらず、家集には年老いた自らの境遇を詠んだ歌もあり、この逸話の信憑性には疑問が呈されている。



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