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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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角川書店「短歌」六月号掲載作品「cogito, ergo sum」12首・・・木村草弥
草弥_NEW

草弥②_NEW

800px-Frans_Hals_-_Portret_van_René_Descartesデカルト
↑ デカルト肖像
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──草弥の詩作品「草の領域」──(93)

     「cogito, ergo sum」12首・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
           ・・・・・・角川書店「短歌」六月号掲載・・・・・・

      cogito, ergo sum   木村草弥

   ユリシーズの時代には肉体が見事だというだけで英雄になれた

   今では貧弱な肉体の持ち主がコンピュータを操って巨万の富をかせぐ

   むかし「若者よ体を鍛えておけ」という歌が流行った

   作者は獄中十数年という経歴の持ち主の詩人だった

   「美しい心が逞しい体に支えられる日がいつかは来る」

   と、その人は言った。ひろし・ぬやまという詩人だった

   その昔「自由律」というだけで刑務所にぶち込まれた俳人が居る

   デカルトは「cogito(われ考える), ergo(ゆえに) sum(我あり)」と言った

   デカルトの研究者というだけで三木清は獄死した

   北原白秋に「時局」を諭され前田夕暮は自由律から定型へ復帰した

   香川進大尉は「自由律歌人」だからと陸士出の将校に殴打された

   「自由」というだけで何でや?今どきの若者よ、それが時代の狂気なのだ
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このたびは、自由律、新かなづかい、に致しました。第三歌集『樹々の記憶』に連なるものです。

ここで、「デカルト」について少し書いておく。
考える主体としての自己(精神)とその存在を定式化した「我思う、ゆえに我あり」は哲学史上でもっとも有名な命題の1つである。
そしてこの命題は、当時の保守的思想であったスコラ哲学の教えであるところの「信仰」による真理の獲得ではなく、人間の持つ「自然の光(理性)」を用いて真理を探求していこうとする近代哲学の出発点を簡潔に表現している。
デカルトが「近代哲学の父」と称される所以である。

ただし、デカルトはそのすべてを信仰も根ざして考えており、著書『方法序説』においても神の存在証明を哲学的にしようと試みてさえいる。
初めて哲学書として出版した著作『方法序説』(1637年)において、冒頭が「良識(bon sens)はこの世で最も公平に配分されているものである」という文で始まるため、思想の領域における人権宣言にも比される。
また、当時学術的な論文はラテン語で書かれるのが通例であった中で、デカルトは『方法序説』を母語であるフランス語で書いた。その後のフランス文学が「明晰かつ判明」を指標とするようになったのは、デカルトの影響が大きい、ともいわれる。

私が大学に居たとき、哲学の演習で、テキストにデカルトの『省察』(メディタティオーネス)が採用され、担当の先生は、辻村公一さんであった。 ←リンクになっているのでアクセスされよ。
この本は岩波文庫の一冊になっていたが、訳者は三木清になっている。この本はラテン語で書かれている。
こういう翻訳の場合、「下訳」として何人かがやることが多いが、この本の場合も、辻村公一さんが当たられたらしい。
そのことは、この教室で辻村さん自身から聞いた。
この演習は二学年度だっと思うが、四月から勉強が始まり、夏休み中にレポートとしてまとめるように、という課題が出た。
何とか苦心して、その頃流行っていたアランの本なんかも読み込んで、九月の新学期に提出。90点の成績をもらったのを覚えている。
私の歌の中で書いたように、三木清は戦争末期に投獄され、すでに獄死していて、戦争が終わっても娑婆に生きて帰ることは叶わなかった。
三木清の投獄については「治安維持法違反の或る被疑者に服や金銭を与えた」という事情があるが、私の歌では単純化してあるから念のため。
なお、「岩波文庫」が創刊された際に、巻末に載る「読書子に寄す」の草稿は三木清によって書かれたものだという。
辻村先生についても、私が習ったときは先生も若かったのだが、のちに京都大学文学部哲学科主任教授になられたのである。
そういう私の「極私的な」思い出も、この一連の中には含まれていることを想起していただきたい、のである。

参考までに書いておく。
今でも、そうだと思うが、京都大学文学部文学科では、西欧語を専攻すると、「ラテン語」か「古代ギリシア語」の履修が必須となる。
これらの言語から、現代の西欧語が派生した、と考えられているためである。
現にフランスの大学教育ては、ラテン語が必修であるらしい。この二つは、現在は、現実に使われている訳ではない。「話者」も居ない。
イギリス議会では、開会式にエリザベス女王が、ラテン語で開会の演説をする、という習慣があるらしい。
私は「ラテン語」を選択した。担当はイタリア文学科の野上素一教授で、一年間学んだのであった。

この12首の欄は「短歌」誌の巻頭作家欄に次ぐもので、基本的に「結社の主宰者」 「有望な作家」に指定して投稿を求められるものである。
これには安いが原稿料が頂ける。 有難いことである。






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