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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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小谷陽子歌集『ねむりの果て』・・・木村草弥
小谷_NEW

──新・読書ノート──

      小谷陽子歌集『ねむりの果て』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・本阿弥書店2019/03/16刊・・・・・・・


小谷陽子さんは「ヤママユ」所属の、大阪の人である。
歌集に『光の帯』 『ふたごもり』 ともに砂子屋書房刊があるが、私は未見である。
「ふたごもり」の刊行は2003年であるから、もう十六年も前のことである。
私は歌集を出すたびに贈呈してきたし、年賀状も交わしている仲であるが、親しくは交際していない。
ご病身であられるようで「あとがき」にも書かれている。
小谷さんについては、角川「短歌」2018年6月号の歌「月のぼり来む」12首を私のブログに載せたことがある。 ← リンクになっているので、ご覧いただきたい。

今回の本には2003年から2009年頃までの歌が収録されている、という。
長い間、歌集の上梓がなかったのは「あとがき」に書かれるように、仕方のないことだが、この本に載る歌の後に、もはや十年の歳月が経っているのである。
だから、われわれ読者は、十年前の小谷さんを「読む」ことになる。
ひところは、作品を温めるということで、年数を開けることが多かったが、今どきの「せちがらい」世の中にあっては、こういう編集態度は、いかがなものかと私などは思ってしまう。
事実、最近の歌集の上梓の様子を見ていると、直近の作品まで収めているのが多い。私なども、そういう態度である。
そういう意味でも、小谷さんの次回の歌集は早目の上梓をお願いしたい。
率直な物言いに過ぎたことを、お詫びします。

「月のぼり来む」12首の記事のところでも書いたが、小谷さんは、前登志夫の弟子として、前登志夫の「草木蟲魚」の心に沈潜した域を表白しようとしたように思われる。
ひらがなを多用した歌づくりが独特である。今回の本についても、そのことが言える。たくさんあるが、先ず一つだけ挙げておく。

   *たましひのひびきのままに生れいでしすずしきことば はる なつ あき ふゆ

和歌の伝統に照らして「かな」文字の美しさを強調したのが、身に沁むのである。 秀逸である。

この本の題名の「ねむりの果て」というのは、巻頭に収録されている18首の一連から採られているようである。少し引いてみよう。
   *たましひは舫ひ解かれてただよへりながくながく夕陽を見つむ
   *長月はふかきねむりの果ての朝いづくのだれとわれに問はずや
   *こんこんと雪ふる雪ふるいつのまに「夜色楼台図」の町あゆみしか  蕪村画
   *髻を残してたしか消えしわれあはゆき降ればルージュを引けり

この項目に載る歌から引いた。
「たましひは」の歌は「帯」にも引かれていて、作者にとっても愛着のある一首だろうと思われる。

「ねむりの果て」とは、何を意味するのだろうか。
「あとがき」に書かれている文章を「帯」に編集者が引いている。

       < 一日のねむりの果て、
         一生のねむりの果て、
   自身の底にある記憶や無意識のねむりの果て、
      ねむりの果てに新たなめざめがあり、
       未知の発見があればうれしい。    >

佳い言葉である。 ここに、この歌集一巻の要約が尽くされている、と言っても過言ではないだろう。

小谷さんの住む所は大阪市でも有数の高級住宅地である。
この辺り一帯は「帝塚山」と呼ばれる土地で、万代東のすぐ西には広大な「万代池」公園がある。
それは、さておき、「あとがき」のはじめに、
<子供の頃、私の家は、大阪の上町台地の縁にあった。家から少しばかり西へ歩くと、急な長い石段が下の町に続き・・・・・。
大昔、海はここまで迫っていたという。天気の良い日、よく石段の天辺に座って、眼下の町に沈みゆく夕日をうっとりと眺めた。>
と書かれている。
少し西に行くと「夕陽が丘」という地名のところがあったりする。
こんな歌がある。
   *天王寺西門前のバス停にほうと夕陽を見守る人ら   「ほう」には傍点が打たれている
   *そのかみはわたつみなりき見下ろせる街に今日を触れゆく夕陽
   *墨染めの尼僧ののぼる愛染坂その足首にさくら降るなり
   *くちなは坂われは雪降る天保の夜を逃るるをみないちにん
   *心中塚に礼せしのちを見上ぐれば空をせばめて立つラブホテル

ここにも、いくつかの「坂」の名が出てきたが、いよいよ「地名の喚起力」について書く。
   *ここ粉浜、玉出、姫松、岸ノ里茅渟の海より来る涅槃西風
   *あられうつ路面電車に住吉の弟日娘の末裔も乗らずや
   *姫松を過ぎて住吉鳥居前レールのひびきは潮のひびき
   *ふりむけば海みえしとぞ反橋の頂きに来てくちずさむ和歌
   *すつぽん屋の木札のゆれてうらがへる路地の入口「生血アリマス」
   *大腿筋、二頭膊筋盛りあげて谷町筋の春ゆく力士
   *はしきやし翁のうたの遠里小野へバスにゆらるる霞のなかを

これらの歌からは、私のいう「地名の喚起力」を感得できないだろうか。
大阪に住む人とか、この地を訪ねた人とかには、おなじみの土地であって、だから、これらの歌を読むと、ニヤリとするのである。
これらの歌は住吉大社かいわいの地名が、たくさん詠われている。南海電車に乗っていると、これらの駅名に出会う。
五首目の歌などからは、このかいわいの下町の風景が目に浮かぶようではないか。
今しも大相撲大阪場所の最中だが、谷町筋の辺りにも相撲部屋があったりする。相撲の「ひいき筋」を「タニマチ」などと言うのも、ここから来ているのである。
六首目の歌の「遠里小野おりおの」という堺市へかけての地名なども特異なもので、読者の心の中に長く残るだろう。

全部で426首という膨大な歌群なので多くを引くことが出来ないので、あとは私の心に留まる歌を引いてみたい。

  *病いくつはらむうつし身ぼろぼろの春のおぼろやさてもうつし身
   *全身でわれを見てゐる今日の犬かの夜のひとのまなざしに似て
   *よこたはる犬の脇腹ひとすぢのひかりをのせて低く上下す
   *なめくぢら踏みてしまへる前足の置きどころなく犬に降る雨
   *極月の月の夜犬よ耳立てていづくのこゑを聞かむとすらむ
   *この犬の余命みじかし告げられてひと日ひと日の心つつまし
   *寒の水すくふ舌なりわたくしの掌を舐めくれししなやかな舌
   *全身でわれを見てゐる今日の犬かの夜のひとのまなざしに似て
   *まなざしに恨みを込むる犬なりき雨の日「臭あ」と言ひしときなど
   *夜の扉をへだてて外は木枯らしの内は死にゆくものの息の音

飼っている紀州犬ミサキにまつわる歌を引いた。多く引きすぎたかも知れない。ただ作者の思いがこもっていると感じたからである。

   *平城京右京五条二坊あたりついとなかぞら鳥よこぎりぬ
   *あをぞらの剥がれてゆくよあきつしま盲の鑑真座す寺を出づ

唐招提寺を詠んだ一連の中の歌である。ここにも地名の喚起力を感じることが出来る。

   *むかしむかしあるところにと父の声とほくなりゆきまだ覚めぬ夢
   *おおははの母音のひびきゆるやかに蛇行してくる熊野川原
   *わたくしの生れる前の蒼き楽滝のほとりにめつむりゐたり
   *「行つてきます」「おはやうお帰り」玄関は道祖神のごとくははそはのゐて
   *「もみないなあ」と朝餉の卓にはは言へりそのかみ毛瀰は神の供物ぞ
   *禿頭に鳥の糞のせ歩み来るちちのみの父はた常世神
   *耳しひの父はひらたく眠りゐるこの世のふかき水甕の底
   *病む父にあがなふものは葛素麺葛湯葛切りわがくづのうた
   *ゆつくりと大鳥歩みのおほちちの棚田のほとりをあゆみゆくかな
   *おほははの手にて日に日によみがへる黄金色の糠床ありき
   *粘菌の写真見てゐて肩ごしにあなたのやうとささやかれたり

身近の人々を詠んだ歌を、まとめて引いた。

   *はつなつの四方にひびきてはれやかなうたびと登志夫のうたへる短歌や
   *うぐひすの鳴きそこなひも混じりつつ四月五日も過ぎてしまへり    前登志夫の忌日
   *玄関に履いたであらう大きなるスリッパありぬしづかに揃ふ
   *先生のつむりのかたちを知る帽子グレーのソフトの窪やはらかく
   *大空の干瀬にも差さむ夕あかりひとつしづかな海星を拾ふ   「大空の干瀬」前の本の題名

先師・前登志夫を詠った歌を拾ってみた。
雑駁な、不十分な鑑賞になったが、お許しを得たい。 ゆったりとした「かな」文字の起承転結にたゆたう心地がした。
巻末の歌は

   *「さくら咲く」うたひ出づればみづみづと立ち上がるなりこの世の時間

健康に留意されて、今後ますますのご健詠をお祈りいたします。 ご恵贈有難うございました。    (完)





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