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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子の歌「さかなには魚の歓び」31首・・・木村草弥
晶_NEW

──村島典子の歌──(37)

      「さかなには魚の歓び」31首・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・・「晶」105号/2019.3掲載・・・・・・・・

       さかなには魚の歓び     村島典子

   さかなには魚の歓びわたしには人のよろこび川のぞくとき
   三日三晩雨に打たれし草木たち白きムグンファ紅きムグンファ
   ウランバーナ花の響きす朝空に盂蘭盆の大き虹がかかれり
   大気の川とどまりしといふ日本の上空の大河思ひみるべし
   スズムシの鳴き音とぎれつ階上に耳をそばだつ夏も去ぬめり
   六匹の家族いとなむスズムシの強き弱きのあるを見守る
   雌に一刻おくれて雄の死ににたり二匹はつひに同じきに逝く
   唐辛子赤くかはりて秋の日の用なきもののごとくしありぬ
   ででつぽうと野鳩なきたり秋天のかの世この世のわかちもあらず
   立ち話しつつしあれど足もとのカニ草のみどりへ心はゆきぬ
   はや死魚にありとは言へど切り落すまなこ見ひらく秋刀魚のあたま
   どんぐり山のクヌギ、さくらの倒木の伐らるるときにわが行き遇へり
   トラックに積まれしクヌギの太き幹撫でさせてもらふ傍に寄りて
   無知蒙昧に生きて来たりき糯米の一・四キロさげて帰りく
   胃の痛む夕べなりけり子の帰省待ちて相談したきことあり
              *
        ささなみの志賀のみやこは荒れにしを昔ながらの山桜花   平忠度
   長等山もみづるころと訪ひきたり忠度ながめし桜の山の
   近松寺のまへなる古き菩提樹の莢果描きにし三橋節子
   栂の木のおほき一樹が立ちゐたり三橋節子美術館前
   イノシシの踏み荒したる雨あとの石段のぼる忠度の碑へ
   泥濘の山みち途絶え倒木の塞ありここより禁忌なるべし
   このたびも忠度の碑に近づけず四十年余湖岸に住みて
   石段をのぼりて下りて道ながら行き迷ひたり昔のごとし
              *
   よろこびが右手を掴みかなしみが左肩押す空を見上げよ
   読みつぎて九月は過ぎぬ須賀敦子、打田洋子とイタリアの村
   当然のこととし思へど信号を待つ間にわれの時間失せたり
   いしたたき鶺鴒一羽とともにゆく魚隠れゐし冬の川端
   石叩く鳥と知れれどぴよんぴよんと尾を振り走るわれは従ふ 
   冬の雷鳴りやまずなりたまたまにわれ入浴す雷頻る間を
   糸ほどくごとく時間がするすると解かれてゆきぬ一本の川
   ゆるやかな時間なるべし晦日の山へ入るひとヒサギを採りに
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いつもながらの沈潜した村島さんの詠みぶりである。
「胃の痛む夕べなりけり子の帰省待ちて相談したきことあり」という歌の先は何も詠まれていない。
何とも気になるが、他人の立ち入るべきことではなかろう。
ご恵贈有難うございました。 
ようやく春めいて来たが、どうぞ、ご自愛ください。


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