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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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「萬葉集」解読は難しい。・・・木村草弥
81306024014742万葉集・写本
↑ 万葉集・木版の写本
manyou_syuka.jpg

──エッセイ──

      「萬葉集」解読は難しい。・・・・・・・・・・・・・木村草弥

「令和」の命名の由来が「萬葉集」から採られたということで、今や「萬葉集」の本がベストセラーのトップだという。
それは喜ばしいことではあるが、一面では流行とは、そら恐ろしい、という気がしないでもない。
昨日か一昨日だったか、奈良県立万葉文化館の女性研究者がNHKラジオに出演して話していた。
ラジオであり、耳で聞くだけの記憶なのだが、その中で覚えていることがある。
それは、まるでクイズまがいの記述があるのだ、と。
「憎い」という言葉を記録するために「十八」と書いてあり、それは掛け算の九九のことであり、それで「二と九」つまり「二×九」→「にく」=「憎」い、となるのだと。
なるほど。おっしゃる通り、まるでクイズか頓智のようなもので、これを読めというのは極めて難しい。

そして、私が定期購読している新潮社の読書誌「波」五月号に「特別企画」として、三宅香帆という人が書いている。
この人は、つい最近まで大学院で「萬葉集」の研究をしていた人である。
その人の書く記事の一端を引いておく。

籠(こ)もよ み籠(こ)持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串(ぶくし)持ち この丘に 菜摘(なつ)ます児(こ) 家聞かな 名告(なの)らさね そらみつ 大和(やまと)の国は おしなべて われこそ居(お)れ しきなべて われこそ座(ま)せ われこそは 告(の)らめ 家をも名をも
巻一(一)
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籠(かご)よ 美しい籠を持ち 箆(ヘラ)よ 美しい箆を手に持ち この丘で菜を摘む乙女よ きみはどこの家の娘なの? 名はなんと言うの? この、そらみつ大和の国は、すべて僕が治めているんだよ 僕こそ名乗ろう 家柄も名も
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万葉集の巻頭を飾る、巻一(一)の雄略天皇の御製歌である。
天皇が実際に作ったかどうかは横に置いて、野原で菜を摘む女の子をナンパしている歌である。
その当時は、天皇の傍には「宮廷歌人」というのが控えていて、天皇に替わって、天皇作で歌を作ったのである。
有名な大伴家持なども「宮廷歌人」の任に居たのである。

問題は、ここからである。
三宅女史の言うところによると、この一連を「訓み下す」のに、古来から苦労したらしい。
平安時代に作られた「萬葉集」の写本(研究者の間では「元暦本萬葉集」と呼ばれている)では、「こけよ(み)ろもち」とフリガナが振られていた。という。
有名な江戸時代の国学者・賀茂真淵は「かたまもよ みがたまもち」と無理やり読み苦労したらしい、とある。

だから、掲出した万葉集の巻頭を飾る、巻一(一)の雄略天皇の御製歌が、上記のような「訓み」が確定したのは、つい最近のことらしい。
三宅女史の言うには「この萬葉集という奈良時代の歌集は、ものすごく中国の文学の影響を受けている。というか影響、なんてふんわりしたレベルではなく、元ネタとして萬葉集の歌人たちは中国の漢詩を用いている」というのである。
当時は、まだ文字が無かったから、「音」オンを表すのも漢字を借用しなければならなかった(いわゆる万葉かな)。
だから「令和」にしても、採ってきた原典は萬葉集であっても、ましてや出典は「前書きの漢文」であるから、すべてが日本産というような「国粋的」な決めつけはマチガイであることを言っておきたい。
歴史的に見ると、長らく埋もれていた「萬葉集」を引っ張りだしてきたのは、明治の正岡子規の功績であり、正しく再評価されて萬葉集を位置づけた。
それまでは「古今和歌集」が、もてはやされるばかりだったのである。

萬葉集関連の本がベストセラーになるというのは嬉しいが、ここは冷静になって、万葉集というのは難しい本なのだ、ということを理解したいものである。
前にも書いたことだが、敢えて書いておく次第である。

私としては、このブログでも書いてきたし「買春と言う言葉」にも作品化した。
この文章は第三詩集『修学院幻視』に収録してある。
そういう風に、こだわって書いてきたので、それらのリンクも参照されたい。

「新元号は令和」に、上に書いたことも含めて4/1付で書いたので読んでもらいたい。


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