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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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櫟原聰歌集『火謡』 『碧玉記』 『華厳集』 評論集『一語一会』・・・木村草弥
火謡_NEW
 ↑ 砂子屋書房2002/08/08刊
碧玉記_NEW
 ↑ 本阿弥書房2013/07/25刊
華厳集_NEW
 ↑ 砂子屋書房2016/05/08刊
一語一会_NEW
↑ ながらみ書房2016/09/20刊

──新・読書ノート──

   櫟原聰歌集『火謡』 『碧玉記』 『華厳集』 評論集『一語一会』・・・・・・・・・・木村草弥

まだ会ったことはないが、櫟原聰氏は、私の畏敬する人である。
FBで知己を得て、いつも私のブログの記事にアクセスして「いいね」をポチッと押していただき、時たまコメントを書いてくださる仲である。
先ずWikipedia櫟原聰を引いておく。 ← リンクになっているのでアクセスされたい。
これを見れば判る通り、奈良の有名な進学校・東大寺学園を出て、京都大学文学部国文科を卒業して、すぐ母校の東大寺学園に就職、最後は教頭を務められた、という経歴である。
詳しくはWikipediaを見てもらいたい。
「ヤママユ」の前登志夫の弟子として歌と論の両面で活躍されている。文化講座の講師なども、あちこで勤めておられる。
ここに掲出した本は、アマゾンのネット古書で、まとめて買った。
そんな高名な櫟原先生の本とは言え、古書としては馬鹿ほど安い。一番高いのが『火謡』で300円、一番安いのが『華厳集』で1 円である。いずれも新本同様の本である。
送料が257円とか取られるが、トータルでも2000円でおつりが来る始末である。
「進呈本」は多くは、そのまま売りに出される。私の本の場合も同様で、アマゾン古書として多くが出回っているが、目にとめた人が買って読んでもらえば有難いのである。

本の数が多いので、走り書きになると思うが、ぼつぼつと読んでみたい。

先ず、前登志夫の作品から、私に響く歌を少し引いておく。

   かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり (『子午線の繭』昭和39)

   地下鉄の赤き電車は露出して東京の眠りしたしかりけり (『子午線の繭』昭和39)

   夕闇にまぎれて村に近づけば盗賊のごとくわれは華やぐ (『子午線の繭』昭和39)

    暗道(くらみち)のわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か (『子午線の繭』昭和39)

    さくら咲くその花影の水に研ぐ夢やはらかし朝(あした)の斧は (『霊異記』昭和47)

   狂ふべきときに狂はず過ぎたりとふりかへりざま夏花揺るる (『霊異記』昭和47)

    杉山に朝日差しそめ蝉のこゑかなしみの量(かさ)を湧き出づるなり (『霊異記』昭和47)

    三人子(みたりご)はときのま黙し山畑に地蔵となりて並びゐるかも (『縄文記』昭和52)

    雲かかる遠山畑と人のいふさびしき額(ぬか)に花の種子播く (『鳥獣蟲魚』平成4)

   夜となりて雨降る山かくらやみに脚を伸ばせり川となるまで (『青童子』平成9)

前登志夫の本も何冊かあったのだが、昨年、日本現代詩歌文学館にまとめて寄贈したので、今は手元にない。
エッセイも名手だった。それらから引用できないのが残念である。
ここに引いた歌が代表作のすべてかどうか、も自信がないが、前登志夫が「自由詩」から出発したというのは重要なことだろう。
どこかの座談会で[縦の関係としての伝統]ということを発言していた、のを記憶している。(記憶が間違っていたらゴメンナサイ)
前衛短歌華やかなりし頃は、伝統から「切れる」ことが叫ばれたが、前川佐美雄に会って短歌に転向して以後、前登志夫は土俗性を含むアニミズムに沈潜してきた。
それが伝統ということなのだろう。  (閑話休題)。

今回、取り寄せた本が、櫟原聰の作品を網羅的に捉え得ているかは自信がないが、初めての本なので努力してみよう。

『火謡』である。 2002年8月8日刊行の本である。 第四歌集ということになる。
「あとがき」で
<この間、世紀末から二一世紀へと、世界は大きく動き・・・・本歌集に収録した歌も、その世相を自ずと反映しているだろう。
 歌集名を『火謡』としたゆえんである。願わくは、歌からわが心身を浄化する炎として立ち、未来をも照らし出さんことを。>

と書かれている。「火謡」とは、火の歌、という意味だろうか。
先に、前登志夫の歌を抄出したのには意味がある。
弟子である櫟原聰が、どういう歌を詠っているか、という比較のためである。

   *あかつきの夏野を走る鹿あれば太き腕に抱きしめられむ
   *しゆわしゆわと熊蝉啼いて街はいま夏野の記憶語りはじめる
   *空と風のレストラン森に開店す木の実を摘みに森へ行かうよ
   *樹は暑き風に揺らげり街に立つ家森林となりはじめたり
   *刺客らは街に満ちゐて子を殺め樹を殺めしづかに生くる日本

この本の巻頭に載る歌から引いた。 巻頭には自信作を据えると巷間言われるからである。
これらの歌では「森林」→「街」へとイメージが変換されている。前登志夫の詠った「森林」から、櫟原聰の「街」へで、ある。
前登志夫の「踏襲」ではなく、櫟原聰としての「一歩」ということであろうか。
東大寺という有名な寺院の経営する学園に務める者として「仏たち」に接するのは日常のことであろう。
だから「仏」の歌が多く詠まれる。

   *如来よりも菩薩を好むこのわれの修行足らざる悟らざる、よし
   *持国天増長天広目天多聞天戒壇院の青やかな気よ
   *胎蔵界曼荼羅にわれは孕まれて秋深まれる大和国原

Ⅱの章のはじめに「火の謡となる」という一連がある。 ここから題名が採られているらしい。

   *真青なる空の深みへのびあがる樹木の骨は火の謡となり
   *鳥が飛ぶ明日香の明日は卑弥呼より日見子へ渡り火の謡となる

二番目の歌は私には分からない。古語、古代語を専門に学んだという著者ならではのこととして受け取っておく。
この本の真ん中あたりに「身に沁む不況日本」とかの歌がある。
もう忘却の彼方になってしまったが、新世紀はじめの頃、日本は不況だったのか。「ミレニアム」の五月に私は亡妻とイスラエルに行っていたのだが。

   *宣りつづけ呪ひとなりしわが言葉青葉の梢ゆさやに消えゆけ
   *夕しぐれに濡れつつひとり鳴く鹿よ奈良の秋ひそとここに来たらむ

巻末の「都市の歩道を」には、新世紀初に起こったニューヨークのビル崩壊の大事件の一連がある。

   *わが額に飛行機の先突き刺さるニューヨークの空あくまで青く
   *イスラムの教へ身近に迫り来る文明世界の支配を絶てと

現時点に生起する事件にも敏感に作歌される姿勢に共感する。   『火謡』終わり。

『碧玉記』である。 2013/07/25刊行である。 第六歌集ということになる。
この間に、第五歌集『古事記』雁書館 2007年 があることになる。
「古事記」は著者が専門として学習されたようだが、手元にないので仕方がない。
この本の「後記」に
<この間、歌の師である前登志夫を失うという事態に遭遇した。> とある。
前登志夫の死は2008年(平成20年)4月5日のことである。
<30代から40代にかけては、いわば全力疾走の状態にあった。> と書く。
歌集名の由来は図版でも読み取れるように
   <君の掌に乗する碧玉耀へり街の精霊となりてひびけよ> に由来する。

「伴侶」という項目に
   *君こそは最高の伴侶ある時はわが陽光の楽の音のごと
   *寛衣よりこぼるる乳房匂ひたつ白昼夢の中なる女
   *夕暮れは嘆きの雨にうたれゐてわが半生の伴侶たるべき

これらの一連は「喩」にくるんであるが、令夫人を詠んだものにちがいなかろう。 佳い一連である。特に二首目の歌はエロチックで佳い。

この本辺りから、肩肘の力が抜けて、櫟原聡独自の、平易な詠いぶりになってきたようである。
この本には仏像、東大寺、学園の描写などが載ることになる。

   *華厳とは奈良のことだとわが言へばほほゑみてをり奈良の佛は
   *春の日は新入生にふりそそぎ花ふぶき舞ふ校庭となる
   *大佛に参拝するを最後とし東大寺学園生となりたり

また生地である大和郡山や、いま住む家から望むと思われる「生駒」連山を詠んだ歌がある。

   *横たはる女体のこどき生駒嶺やとも寝をせむと眼つむれり
   *生駒川流れゆくなり富雄川流れ澄むなりふたつ並びて
   *わが父の物理学者の人生は認知症とぞ記憶失ひ

三首目の歌に物理学者だったという父君のことが、さりげなく詠われている。
また、著者は音楽にも蘊蓄が深いらしい。それらに因む歌が見られる。

  *言問へば空はまさをに深まりてショパンとリストの楽の音は来る
  *マーラーを聴けば遙けし夜の闇に漕ぎ出づ男、女のひびき

はじめに引いた歌は、この本の巻末に載るものであった。

   *君の掌に乗する碧玉耀へり街の精霊となりてひびけよ
   *苦しみの地方の王となり果てて御霊帰りぬ父の碧玉
                                          『碧玉記』終わり。

『華厳集』である。 砂子屋書房2016/05/08刊で、第八歌集ということになる。
この本の「後記」に、こう書かれている。

<東大寺に関係する学園に六年間学び、大学を出てからはそこに職を得て、いつしか四〇年を閲することとなった。
 その間、半ばは東大寺の境内に過ごし、心は常に華厳の教えとともにあった、と言ってようだろう。
 「一切即一」「重々無尽」とは、万物すべてのつながりを意味する。その思いをもって、『華厳集』と名付けた。
 二つの大震災において、人のつながりは明らかに見られたし、また父の死後、母を介護する日々の中、人々の助けを実感する毎日が続いている。
重々無尽に繋がる、生きとし生けるものの関連に、改めて気づかされる日々である。>

この言葉は、この一巻をめぐる歌を貫いていると言えるだろう。

   *母います平城蝸牛庵足萎えて歩みもならぬ母はいませり

巻頭の「紡ぐ」という項目にある歌である。 ご母堂の入っておられる施設のことが詠まれている。

この本には海外に亘る「羇旅」の歌が多い。 海外に足を延ばせる時間か出来たからだろう。
項目名だけ引いてみる。 「サンマルコの鐘」「ヨーロッパ音楽の旅」「ヨーロッパ絵画の旅」「真珠湾」など。
国内旅行でも「信州は秋」「奥入瀬の秋」「朝の林道」など。 少し歌を引いてみよう。

   *操船の女水兵くつきりとランジェリーの線を身する白服
   *強風に帽子を押さへ目をこらすハレアカラ火山のクレーターはや

一首目はハワイの真珠湾での光景である。エロスに満ちた佳い写生詠である。女水兵の姿が彷彿とする。

   *寒蝉に聴く前登志夫前登志夫父ゐぬわれの閑居に沁みて
   *朝繰る雨戸にひたと吸ひつきて戸惑ひ顔の守宮を目守る
   *青幡の忍坂の寺の石仏幽かに遺す白鳳の朱
   *花に酔ふ花のごときを抱きながら春三月の酒沁みわたる
   *春昼や妻のおしやべり続きをり娘の音楽も子等のダンスも
   *ストラヴィスキー火の鳥も奏されて楽友協会ホール輝く
   *ラスメニーヤス、王女の側にベラスケス誇れる姿示しゐたりき
   *青の時代のピカソに会へりバルセロナピカソ美術館の夕暮れ

総体として平易なリアリズムの歌が多い。
この本の鑑賞は、この辺で終わる。                『華厳集』終わり。

『一語一会』である。 ながらみ書房2016/09/20刊。 評論集である。
大方は「ヤママユ」誌に連載されたものを集めたものである。 一篇6ページほどの文章である。
前登志夫の歌に因んで書いてものが多い。その他のものでも、筆者の旺盛な読書力に裏打ちされてブッキッシュである。
ここで「目次」の項目を引いておく。

Ⅰ 現代短歌の心と言葉 
   1 前登志夫の歌と思想──原発は既に荒れて
2 存在の住処
   3 『前登志夫全歌集』に寄せて
   4  『樹下集』の頃
   5 「私」論の地平
   6  奈良の歌
Ⅱ 古歌と現代
   1 ほととぎすの歌
   2 古歌の歌人たち
Ⅲ 口語短歌の文法序説
Ⅳ 選歌と添削──前登志夫の系譜
Ⅴ 講演録

スキャナの調子も悪くて、ここに書き写すにも根気が要るので、かんべんしていただき、「目次」の項目を並べるだけにする。
教師だけあって、その論旨は精細を極めている。

駆け足の紹介に終始したことをお詫びする。
今回はじめて櫟原聰先生の労作に接し得て、幸運だった。有難うございました。
気が付けば、補筆するかも知れない。               (完)



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