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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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井上荒野『あちらにいる鬼』・・・木村草弥
荒野_NEW

──新・読書ノート──

     井上荒野『あちらにいる鬼』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・朝日新聞出版刊。初版2019/02/28 第五刷2019/05/30・・・・・・・・

掲出した図版でも読み取れるように、よく売れている本である。
「作者の父・井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった」と瀬戸内寂聴が書くように、「スキャンダル」でなくて、何だろうか。
ところが、この本では、作者の母との「三角関係」が、普通ならば、ドロドロした愛憎劇になるところが、そうならず、譬えは悪いかもしれないが、「戦友愛」みたいなもので繋がっているように感じるのである。

カバー装の絵は、恩地孝四郎の「ポーズの内 憩」(『恩地孝四郎版画集』形象社刊)というものらしい。
大正末期より昭和初期にかけて起こった大衆文学ブームにより、本は庶民にとって身近な存在になり、出版社は次々と個性的かつ内容にふさわしいデザインの書籍を作った。
恩地孝四郎は明治24年に東京に生まれ、その生涯を通し、版画、詩、書籍の装幀、写真などの分野ですぐれた作品を遺した。

この本の「初出」は、「小説トリッパー」2016年冬季号から2018年秋季号に発表されたもの。
この本は、独特の編集がなされている。
「chapter 1 1966 春」  「みはる」 ~ 「chapter 5 1973、11、14」   「みはる」 「笙子」
「chapter 6 1978~1988」  「寂光」 ~ 「chapter 7 1989~1992」  「寂光」 「笙子」
「chapter 8 2014」   「寂光」 「笙子」

という風に章立てが進行してゆく。
「みはる」のちの出家後「寂光」は瀬戸内晴美のことであり、 「笙子」は井上光春の妻のことである。
小説とは言っても、限りなくルポルタージュに近い。もちろん、小説であるから作者の創作になる部分も多いだろう。
別段に引いた「対談」にもあるように、瀬戸内晴美の証言から多くの部分が引かれているだろう。
だから、小説としてのプロットは秀でたものがあるが、細かい点では私小説と言っていいだろう。
この本で、作者の井上荒野は「海里」という名前で登場する。

小説の最後は、こう描写されている。

<目が覚めると篤郎はもういなかった。きっと私が眠ってしまったから、自転車で散歩にでも行ったのだろう。
 私も行こう、今出れば追いつくだろう。・・・・・
    さようなら。
 私は呟く。そうしなければならないことが不意にわかったのだ。だがそのとき、私は自分の娘たちのことも、長内さんのことも考えていなかった。
 ただ篤郎のことだけを考えている。>
  

私が下手な紹介をするより、下記の記事を読んでみてもらいたい。 ↓

※AERA 2019年2月18日号より抜粋
不思議な三角関係について、瀬戸内寂聴と語り合った。
*  *  *
瀬戸内寂聴(以下寂聴):この作品を書く前、もっと質問してくれて良かったのよ。

井上荒野(以下荒野):『あちらにいる鬼』はフィクションとして書こうと思ったので、全部伺ってしまうよりは想像する場面があったほうが書きやすかったんです。

寂聴:そうでしょうね。荒野ちゃんはもう私と仲良くなっていたから。そもそも私は井上さんとの関係を不倫なんて思ってないの。井上さんだって思ってなかった。今でも悪いとは思ってない。たまたま奥さんがいたというだけ。好きになったらそんなこと関係ない。雷が落ちてくるようなものだからね。逃げるわけにはいきませんよ。

荒野:本当にそうだと思います。不倫がダメだからとか奥さんがいるからやめておこうというのは愛に条件をつけることだから、そっちのほうが不純な気がする。もちろん大変だからやらないほうがいいんだけど、好きになっちゃったら仕方がないし、文学としては書き甲斐があります。大変なことをわざわざやってしまう心の動きがおもしろいから書くわけで。

寂聴:世界文学の名作はすべて不倫ですよ。だけど、「早く奥さんと別れて一緒になって」なんていうのはみっともないわね。世間的な幸福なんてものは初めから捨てないとね。

荒野:最近は芸能人の不倫などがすぐネットで叩かれますが、怒ったり裁いたりしていい人がいるとしたら当事者だけだと思うんですよね。世間が怒る権利はない。母は当事者だったけれど怒らなかった。怒ったら終わりになる。母は結局、父と一緒にいることを選んだんだと思います。どうしようもない男だったけど、それ以上に好きな部分があったんじゃないかって書きながら思ったんです。

寂聴:それはそうね。

荒野:母は父と一緒のお墓に一緒に入りたかった。お墓のことはどうでもいい感じの人だったのに。そもそも寂聴さんが住職を務めていらした天台寺(岩手県二戸市)に墓地を買い、父のお骨を納めたのも世間的に見れば変わっていますよね。自分にもう先がないとわかったとき、そこに自分の骨も入れることを娘たちに約束させました。

寂聴:私が自分のために買っておいた墓地のそばにお二人で眠っていらっしゃるのよね。

荒野:私には、母が父を愛するあまり何もかも我慢していたというより、「自分が選んだことだから、夫をずっと好きでいよう」と決めたような気がするんです。だから『あちらにいる鬼』は、自分で決めた人たちの話なんです。

寂聴:そうね。

荒野:そもそも母は、寂聴さんのことはもちろん、ほかの女の人がいるってことを私たちの前で愚痴を言ったり怒ったりしたことは一度もない。父が何かでいい気になっていたりすると怒りましたけどね。

寂聴:思い返すと私はとても文学的に得をしたと思いますよ。以前は井上さんが書くような小説を読まなかったの。読んでみたらおもしろかったし、彼の文学に対する真摯さは一度も疑ったことがない。だから、井上さんは力量があるのにこの程度しか認められないということが不満でしたね。井上さんは文壇で非常に寂しかったの。文壇の中では早稲田派とか三田派とかいろいろあって、彼らはバーに飲みに行っても集まる。学校に行ってない井上さんにはそれがなかった。みんなに仲良くしてもらいたかったんじゃなかったのかしら。孤独だったのね。だから私なんかに寄ってきた。

荒野:父はいつもワーワー言ってるから場の中心にいたのだと思っていましたが、違ったんですね。確かに父にはものすごく学歴コンプレックスがありました。アンチ学歴派で偏差値教育を嫌っていたのに、私のテストの点数や偏差値を気にしていましたね。相反するものがあった。自分のコンプレックスが全部裏返って現れている。女の人のことだってそうかも。

寂聴:「俺が女を落とそうと思ったら全部引っかかる」って。

荒野:女遊びにも承認欲求があったのかもしれない。寂聴さんから文壇では孤立していたと伺ってわかる気がしました。そういえば以前、「寂聴さんがつきあった男たちの中で、父はどんな男でした?」とお尋ねしたら、「つまんない男だったわよッ」とおっしゃいましたよね(笑)。

寂聴:私、そんなこと言った? ははは。いや、つまんなくなかったわよ。少なくとも小説を書く上では先生の一人だった。

荒野:『比叡』など父とのことをお書きになった作品でも設定は変えていらっしゃいますね。父の死後はお書きにならなかったですが。

寂聴:もうお母さんと仲良くなっていたからね。井上さんは「俺とあんたがこういう関係じゃなければ、うちの嫁さんと一番いい親友になれたのになあ」と何度も言っていた。実際にお会いしたら、確かに井上さんよりずっと良かった。わかり合える人だったし。

荒野:最終的には仲良くしていただきましたよね。いちばんびっくりしたのは死ぬ前に母がハガキを寂聴さんに書いたということ。私にも黙っていたから。

寂聴:ハガキは時々いただきましたよ。私が書いた小説を読んでくれて、「今度のあの小説はとても良かった」って。自分ではよく書けたと思っていたのに誰も褒めてくれなかったから、すごく嬉しかった。本質的に文学的な才能があったんですよ。だから井上さんの書いたものも全面的に信用してなかったと思う。

荒野:小説についてはフェアな人でした。私の小説もおもしろいときはほめてくれるけど、ダメだと「さらっと読んじゃったわ」ってむかつくことをいう。父は絶対けなさなかったのに。

寂聴:井上さんはあなたが小さい頃から作家になると決めていたの。そうじゃなかったら「荒野」なんて名前を誰がつける?

荒野:ある種の妄信ですよね。

寂聴:今回の作品もよく書いたと思いますよ。売れるといいね。テレビから話が来たら面倒でも出なさいよ。テレビに出たら売れる。新聞や雑誌なんかに出たって誰も読まないからね。

荒野:はい(笑)。

(構成/ライター・千葉望)
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何とも凄い「作家根性」ではないか。

瀬戸内寂聴が頼まれて住職を務めている岩手県の僻地の、つぶれかかった「天台寺」のために、自分の稼いだ原稿料や印税をつぎ込んで再興し、千人を超す人々に「法話」の会を催し、墓地を分譲して浄財を募る、などしてきた。
その墓地の一画に瀬戸内さんの予定区画もあるらしいが、その傍に井上光晴と妻が眠るのを希望した、という。
この三角関係の何とも麗しいことではないか。

瀬戸内晴美の出家の「師僧」は「今東光」であり、1973年11月の瀬戸内晴美の中尊寺での出家得度に際しては、師僧となり「春聽」の一字を採って「寂聴」の法名を与えた。

終わりに、言っておきたいことがある。
それは、リンクに引いた対談の中で井上荒野が言っていることだが、

<これが小説だからですよね。ルポルタージュではなく、基本的には私の創作です。
父であり母である人のことを書いているけれど、私にとっては彼らは小説の登場人物なんです。
だから、この三人の事実を書いたわけではなくて、私にとっての、この三人の真実を書いたんだなって思います。>

アンダーラインを引いたのは私だが、「事実」と「真実」とは違うということを彼女が指摘していることは、的確で、凄いことだと思う。
このことを強調しておきたい。

井上荒野
1961年生まれ。1989年「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞。2004年『潤一』で島清恋愛文学賞。2008年『切羽へ』で直木賞。
2011年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞。2016年『赤へ』で柴田錬三郎賞。2018年『その話は今日はやめておきましょう』で織田作之助賞受賞。など。

「井上光春」などはWikipedia などを参照されたい。
リンクになっています。 ↓ 読んでみてください。
「井上荒野」対談
「作家の読書道・井上荒野」


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