FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
202007<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>202009
那須信孝『心の窓』~街角の掲示板~ ・・・木村草弥
那須_NEW

──新・読書ノート──

     那須信孝『心の窓』~街角の掲示板~ ・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・方丈堂出版2019/05/26刊・・・・・・・・

この本は、私の大学の同級生で、親友の那須信孝が、自坊の「一行寺」の路傍に毎日掲げてきた「法話の掲示板」に載せてきた文句を一冊にまとめたものである。
「まえがき」に、こう書かれている。

<一行寺の堂宇を再建して頂いて五十年足らず、毎月一回、時には二回か三回、掲示法語を記載して参りました。
 通りがかりの人が、その意味をわざわざ尋ねに訪れられたり、宗門の要人・学者の方々から賛辞を頂いたり、
 そして「御本にされたら」との要請があったりしました。
 住職を辞任し、法嗣の住職就任にあたって、やっとまとめることにいたしました。
 聖典をはじめ有名な方々の金言や無名の方々の句、自作の言葉など六百首余りにも及びます。
 その中から約百五十首を選び、難しい金句の説明、また当時の特別な社会的な事件や身近な出来事を感じて引用したものには説明も交えましたので、往時を偲んで頂ければと存じます。
 また、挿絵の花のイラストを描いてくれた孫・新戸彩月、平成十五年三月に六十四歳で往生された木村泰三氏が生前に楽しんで掲示の揮毫をしてくださったことを偲び、ここに感謝申し上げます。
                          一行寺第十五代住職 釋 信孝  >

以下、無信心者としての私が、恣意的に選んで抽出するのをお許しいただきたい。 掲示年月日は省略する。(木村草弥・記)

   劫初より作りいとなむ殿堂にわれも黄金の釘一つ打つ     与謝野晶子

お内陣荘厳に魂を込められた物心の建立荘厳して頂いたことに対しての、感謝と賛辞の意味で掲示しました。

   化土は死人の生まるるところ 真実の浄土は生ける人の生まるるところなり     曽我量深

曽我量深は那須君の敬愛する仏教学者で、大谷大学学長などを務められた人である。 極めて難しい本だが、先年、彼に関する本を那須君は著した。

     生まれては、死ぬるなり。釈迦も達磨も、猫も杓子も    一休和尚

   我なくとも法は尽きまじ 和歌の浦 あおくさ人の あらんかぎりは  親鸞聖人の辞世の句、という

   地のめぐみ天のめぐみをゆたにうくる わが身尊き春のあけぼの    九条武子

   散れば咲き咲けばまた散る春ごとに花のすがたは如来常住    一休和尚

   やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ   山本五十六

   年たけて いよよ帰らん 古里や いのちのもとの 永久の自然へ   平沢 興

平沢先生は、元・京都大学総長。六月十七日、八十九歳で還帰されました。偉大なる凡人として最も尊敬し、人生の指針として親しく接しさせて頂き、ご遺言で葬儀の導師をさせて頂きました。

   業の落葉がふりつもり腐葉土のようになり ながい年月には私の肥料になる   榎本栄一

   はだかで 生まれてきたのに何不足    小林一茶

   念仏して五欲の暑さ忘れうぞ    句仏上人

大谷 光演、1875年(明治8年)2月27日 ~ 1943年(昭和18年)2月6日)は、明治から大正時代にかけての浄土真宗の僧、俳人、画家。法名は「彰如」。俳号は「句仏」。東本願寺第二十三代法主。真宗大谷派管長。

   ただ生き ただ死ぬ ただの二字に 一切が輝き ただの二音に万有は光る   坂村真民

   無一物中、無尽蔵 花あり月あり楼台あり     蘇東坡

   寿命とは仏の寿   賜った寿を生きること

これは那須君が自分の米寿にあたって、掲示した言葉である。  ↑

   万代に年は来経とも梅の花 絶ゆることなく咲き渡るべし   万葉集

新元号「令和」を迎えることになって、平成最後の日に掲げた言葉である。

------------------------------------------------------------------------------
先年、このブログで採り上げたが、「曽我量深に聞く『宗教的要求の象徴・法蔵菩薩』」を参照されたい。
私の解説が稚拙なので分かりにくいかも知れないが、お許しを。

那須信孝君は、私と同年生まれであり、同じ大学で共に学んだ仲である。専攻は違うが「親友」と言ってよいだろう。
西本願寺門前にある自坊「一行寺」は、西本願寺の、いわば「塔頭」のような存在であるらしい。
彼は前門主とも親しく、門主みずから一行寺に遊びに来られるような仲だったという。
彼は、先にも書いたように、つい最近、五月二十六日に住職を退き、息子の一真 に住職の座を譲った、という。その記念として、この本が出版されたという。
信孝君、おめでとうございます。われわれ市井の者とは立場が違うが、長年ご苦労さまでした。
佳い本をいただき愛読させていただきます。
私の知っている、例えば、坂村真民さんが採り上げられているなど、親しみを持って読みました。
有難うございました。            (完)







コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2020 Powered By FC2ブログ allrights reserved.