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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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「インド文学散歩」・・・木村草弥
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↑ カジュラホ──ミトゥーナ交合図群像

──エッセイ──初出・同人誌「鬼市」10号1999年6月掲載──
    
     「インド文学散歩」・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

1999年の正月休みを利用して北インドを9日間旅した。もちろん短期間のことであり、
テーマのある旅ではなく単なるツーリストに過ぎないものであるが、以前から書物を通じ
て知っていたことを自分の目で確かめられてよかったと思っている。
少しインド文学について書いてみたい。
1913年にノーベル文学賞を受けた、ベンガル(東インド)の詩人タゴールの定型詩集『ギ
ータンジャリ』(歌の捧げ物、の意)の冒頭の詩は

わが頭(かうべ) 垂れさせたまへ 君がみ足の 塵のもと (渡辺照宏訳)

で始まる。この「君」と親しみと敬意をこめて呼びかけられるのは他ならぬ神である。
この神とは、古代インドの神秘的な教説ウパニシャット、中世インドのヴィシュヌ神信仰
に根ざす、と言われている。
この詩は、叙事詩ではない。分類すれば抒情詩と言うべきだろう。タゴールは神の姿を描
くのに、そのような伝統の継承にとどまらない。
彼は「このバアラタ(インドのこと。インドという命名は西欧人がつけたもので対外的に
はリパブリック・オブ・インディアのように使用されているが、今でもインドの正式名称
は、このバーラタとされる)
の人多(さわ)の海の岸辺へアアリア人もアナアリア人もドラ
ビタ人も------一つとなりぬ」(渡辺訳)と、インドの諸民族の融合のさまを確かめながら、
人はすなわち神だ、としている。そしてまた、インドを呪縛している身分制度のさまを
「痛ましわが国 人が人を侮るゆゑに汝侮らるべし 衆人(もろびと)とともに人並の扱ひ
を人々に拒み」と見据えて、近代インドの現実に強い批判を加えている。
だが現代のインドの現実は、身分カーストの上に職業カーストが二重に存在して、がんじ
がらめとなっている。このカーストの下には更に、アンタッチャブルと呼称される不可触
賎民も存在するのである。貧富の差は大きく、75%の人が住む農村は貧しい。農村と言
わず都市と言わず巷には人口9億と称する人間があふれている。
筆が脱線したが、タゴールの故郷シャーンティ・ニケータンはカルカッタの西へ列車で
4時間の地だが、この地名は「静寂の地」「平和郷」という意味らしい。インド人は宗教的
なめでたい時に「シャンティヒ」を三度唱えるという。この地はタゴールの父デーヴェン
ドラナートが1863年に、真理探究のためにアーシュラム(道場)を開設したのがはじまりで、
タゴールが小さな学校を作り、ノ-ベル賞の賞金で学校を拡充させた。この学校は1921年
にヴィシュヴァ・バーラティ大学に昇格、41年にはインドの五つの国立大学の一つに
なった。
すべての存在の中に神を認めるというタゴールの「汎神論」は自然愛、人類愛の思想と
一体であるとされる。日印の文化交流に貢献した岡倉天心とタゴールとの親交はよく
知られている。
また岡倉天心(覚三)と詩人プリヤンバダ・デーヴィー女史との「愛の手紙」は『宝石の声
なる人に』(大岡信訳)という本になっている。これはタゴールとの交遊の派生によるもの
だが、この「宝石の声なる人に」という呼びかけは1913年8月21日付の覚三の手紙のは
じめのイントロである。そして、この手紙が最後のものである。
この本が出版されたのは1982年10月平凡社刊であり、フランス装であるために本の
ページをペーパーナイフで切りながら読んだのを思い出す。
詩の一節は

いつ私に初めて関心を持ったのですか。カルカッタを出発した後、
それとも---------             (デーヴィー)
私は終日、浜辺に坐し、逆巻く海を見つめています-------------------
いつの日か、海霧の中から、あなたが立ち上がるかも知れないと
思いながら。                 (覚三)

タゴールの「汎神論」というのは何も彼一人のものではないことを、インドを旅すると、
実感させられる。
例えば、ヴィシュヌプールという町がある。これは先にも触れたヴィシュヌ神の住む町と
いう意味である。「プール」と語尾につくのはヒンズー教に由来する地名である。ほかに
「バード」と語尾につく地名はイスラム教に由来することを示す。(例えばハイデラバード
など)このことは旅の全行程を共にしたインド人ガイドのメーラ君に聞いた。
ヒンズー教は本質的に多神教である。神様の数は枚挙にいとまがないが、シヴァとヴィシ
ュヌとブラフマーが古来より三大神とされる。
シヴァ神は荒ぶる神である。しかし、恵み深い神でもあり、また踊りの名手で「ナタ・ラ
ージャ」と呼ばれ舞踊を志す人々は、この踊るシヴァ神を信仰する。
ヴィシュヌは太陽の光を神格化したものとされ、十あるいは二十四の化身を表すに至る。
仏教の開祖ゴーダマ・ブッダもその一つとされる。ヴィシュヌ信仰がインド全体に普及し
たのは、この化身の思想による。
ヒンズー教のバイブル『パガヴァット・ギーター』には、「道徳が衰え不道徳が栄えるた
びに余は自身を創出する」と説かれる。この考えによりヴィシュヌはさまざまな姿をとっ
て世の人々を救うのである。
インドを旅するとヒンズー教寺院の薄暗がりに、ぬっくと立つリンガに出会う。さらに目
をこらせば、リンガを包む丸いヨーニがある。
「リンガ」(またはリンガム)も「ヨーニ」(またはヨニ)も共にサンスクリット語でそ
れぞれ「男根」「女陰」を意味する。リンガはシヴァ神をシンボライズしたものであり、
すべての生きとし生くるものは男性原理と女性原理の合一によって万物の生成を見るから
である。
因みに私は、サンスクリット語というのは中世の言語で、現在は死語だと思っていたが、
西インドのプーナ大学で博士号を得られた阿部慈園氏の本を読むと、インド全土でサンス
クリット語を自由に会話、読み書き出来る人が五千人はいるという。1990年代の現在
の話である。だから同大学のサンスクリット学科では集会や行事はすべてサンスクリット
語で挙行されるという。ヨーロッパで公式行事の時、例えばイギリス議会の開会式でエリ
ザベス女王がラテン語で一席語るというよりも更に一歩実用性は深いというべきである。
この文章はインド文学を語るがテーマだから、ここで昨年亡くなった「地中海」代表の香
川進の歌集『印度の門』に収録の歌に触れる。

*革命は観念ならねばまだかれら貧し軒ばを蛍飛びゆく
*乾糞(ふん)の火があぐるけむりを透過して月萌ゆ氷の冷たさもちて
*しかばねは物質、川にうち沈むる時いたるべく祭らるるしじま
*この国に乞食なき日の必ず来ん聖ガンジーも死にて久しき

などである。彼は旅行者ではなく商社の駐在員であつたが、一首目三首目などは実景をと
らえて心象に迫っている。四首目の歌は楽観的過ぎるしガンジー死後五十年を経ても事態
は基本的に変わっていない。
また「近代化」というのがどういう意味を持つのか。「発展」ということが良いのか悪い
のか、などインドの現実は様々のことを突き付ける。
私の歌の中に出てくる「ミトゥーナ」というのは直訳すると「性交する人」という意味で
ある。それは先に書いたようにヒンズー教に由来するが、そんな、すべてを飲み込んだ教義
と芸術作品と現実生活との、まさに「混沌」と表現すべきものがインドの現実であることを
実感させられるのである。そこにはキリスト教にいうような「原罪」というようなものは
存在しない。
書店や高級ホテルのショップでは英文のカラー刷りの『カーマ・スートラ』や、インド古
来の表現様式である「細密画」のうちで日本の浮世絵の「春画」にあたる画集の美しい本
が売られている。性風俗の表現についてもインドには「禁忌」(タブー)は存在しないよ
うだ。これらも東アジアの、特に漢文化の「儒教」思想に侵されていない、したたかな文
化の「雑草」性をかいま見させてくれる。 (完)

この本の別項に私の歌が 載っているので下記に引いておく。
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     国原-----インド・日本、冬から春へ-----・・・・・・・・・・木村草弥

天霧らひ山たたなはる峡(かひ)村は畳々とつらねて冬の棚田の                      

ふたたびは逢はぬ人かも胞衣(えな)塚は石重ねたり 和讃こごゑせよ                   

叙事抒情これを創りしものを讃(ほ)むマハーバーラタ、ギーダ・ゴーヴィンダ
                              
男根(リンガム)に花輪を捧げ燭を供ふるサリーの女よ<道順は彼女に訊く>
                             
AD(アノ・ドミニ) その時代区分などしゃらくせぇBC二千年モエンジョ・ダーロだ
                              
人はみな自が守り神を持つと言ひ運転手はバスに香を焚きをり

象神(ガネーシャ )は富をもたらす神となる父シヴァ神に首すげ替へられて
                           
インド洋プレート押し来る亜大陸その地溝帯をガンガー流る

ガンガー地溝に堆積する土砂二千メートル平均勾配一キロメートル当り十四センチ

恒河(ガンガー)に死を待つ人が石階ゆ喜捨を待つなり乞食(こつじき )と紛ひ
                 
しづけさのひかりとどめて天竺葵(ゼラニウム )咲き男は不意に遺されゐたり
                          
薺(なづな)咲く道は土橋へ続きけりパールヴァティは花を抱へて
                         
コーダル川の畔にカジュラホー村ありぬ天女(アプサラ )ミトゥナの愛欲や濃き
                              
手放しにのろけてもみよマハーデーヴァ寺院の壁の女神の陰(ヨニ )は
                                 
数学は難解クローバーの園に編めるも愛(かな)しかの日のレイは
                             
ミトゥナのアクメのさまを彫りけるはシャクティ原理のタントラの道

背位ありクリニングスあり壁面に説かれてゐたるカーマ・スートラ

桜草(プリムラ)や男弟子けふ入門すそしらぬ顔の女弟子たち
                     
ガンジーの屍を焚ける火葬場(ガート)ゆこの国に暗殺(アサシン )多きは如何に
                
驢馬駱駝徒歩ゆき自転車のろきバスゆき警笛かしまし

<警笛をどうぞ>(ホーン・プリーズ)遅速緩速さまざまの人馬ゆき交ふ時速十五キロメートル
                        
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たまきはる命をここに節分会の真白き紙の人形(ひとがた)を截る
                     
白毫寺みち遠けれどこれやこの題辞(エピグラフ)に何をエピステーメー
                         
このあたりもと宇治郡(こほり )しろがねの衾(ふすま)の岡辺はこべ萌え出づ
                   
土筆(つくし)生ふ畝火雄々しも果たせざる男の夢は蘇我物部の
                          
あり無しの時の過ぎゆく老い人にも村の掟ぞ 土筆闌けゆく

野火止の焦げしはたてに生を祝(ほ)ぐ脚長うして土筆の出でし
                            
夜の卓に土筆の吐ける胞子とび我死なば土葬となせとは言へず

淋しさのあるとき惨め酸葉(すかんぽ )を噛めばことごとく指弾されゐて
                           
当麻道すかんぽを抜き噛みにつつ童女の眸(まみ )も春風のなか
                              
*固有名詞の解説*
『マハーバーラタ』はもう一つの『マーラーヤナ』と双璧をなすヴィーヤーサ仙の
作とされるBC数世紀からAD4世紀までに編まれたインドの叙事詩。
『ギータゴーヴィンダ』(牛飼いの歌)は最高神ヴィシュヌの十の化身の一つクリシュナと
牛飼い女ラーダーとの恋物語を書いた12世紀の詩人ジャデーヴァの抒情詩。
<道順は彼女に訊く>は片岡義男の長編ミステリーの題名から借用した。




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