
さむい夜明け・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大岡信
いくたびか冷たい朝の風をきって私は落ちた
雲海の中に・・・・・・
となかいたちは氷河地帯に追いやられ
微光の中を静かな足で歩んでいた
いくたびか古城をめぐる伝説に
若い命がささげられ
城壁は人血を吸ってくろぐろとさび
人はそれを歴史と名づけ蔦で飾った
いくたびか季節をめぐるうろこ雲に
恋人たちは悲しくめざめ
いく夜かは
銀河にかれらの乳が流れた
鳥たちは星から星へ
おちていった
無法にひろがる空を渡って
心ばかりはあわれにちさくしぼんでいた
ある朝は素足の女が馳けさった
波止場の方へ
ある朝は素足の男が引かれてきた
波止場の方から
空ばかり澄みきっていた
溺れてしまう 溺れてしまうと
波止場で女が
うたっていた
ものいわぬ靴下ばかり
眼ざめるように美しかった
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この詩は、学習研究社『うたの歳時記』冬のうた(1985年12月刊)に載るものである。
「いくたびか」という詩句の3回のルフランなども詩作りの常套手段とも言えるが、この一篇で「初冬」の「さむい夜明け」の、さむざむしさを表現し得たと言えるだろう。
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