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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子の歌「裏庭」30首・・・木村草弥
晶_NEW

──村島典子の歌──(39)

       村島典子の歌「裏庭」30首・・・・・・・・・・・・・・木村草弥 
                ・・・・・・「晶」No.107/2019.09掲載・・・・・・ 

           裏庭          村島典子 

 わが庭の槇の葉むらに鳥ふたつ籠りゐるらし声のくぐもり
 ほーほーと誰を呼ぶらむか一つ去り一つ残りてなほも鳴くなり
 鳥の音のうらかなしけれ平成の残り三日と数へつつゐて
 忍冬の白き花枝を手折りきていく日かすぎぬ金色にすがれつ
 窓下にひよどり来たり裏庭の八つ手の黒き実を食むならむ
 八つ手の実去痰剤とぞひよどりの番の喉をうるほすべしや
 隣家にはゆかず臥所のまくらべに美しき声をきかせくれかし
 さかんなる食欲にして数日に八つ手の珠実喰ひつくしたり
 平成の代に逝きたりし幾たりを偲びつ槇の木下に
 雨の音ひたに聴きつつ夕づけばさまよふ魂もつめたからむよ
 ふた七日みなのかすぎて魂魄のふりかへりざま夏花ゆるる
 ふいに来たりしことしの夏の暑さにも事は兆せりTV騒ぎつ
 無謀なる事件なるべし然れども社会の歪は誰がつくりし
 ひと二人殺めて許さるるはずはなし首掻き切りてみづからを消す
 一首一首と数ふることの今朝は憂し一人ひとりの生たちあがり
 ポリープを切除せむとすわが夫はひたすら透明となりゆくならむ
 いちまいのパンと素うどん七分粥ひと日のメニユー切除前日
 聖ありき 粟、稗、木の実、食断ちて舌のみとなり読経せりけり
 辣韭に塩をまぶして湯にとほし酢に漬けるまでの夕べの時間
 厨ごとなさずにあらば人生のいかにさびしく過ぎてゆくらむ
 師まさば訴ふることあまたあり訣別の日の文また取りいだす
 信仰をしみらにけふは思ひをり雨宮雅子とテレーズ・デスケルー
 病院へゆく道筋の山中にわれは知りをり「水争ひ場」あるを
 このあたり川無きところ、をちこちに溜池うがち慈雨待ちをりき
 人間愛たしかにあらむ特売のレジの後尾に並みつつ思ふ
 茱萸の木のなかにもぐれる鶫の子の実をついばむを息つめて守る
 鳴き声は仲間なるべしガレージの屋根に見張りをしいゐるならむ
 三羽きてかたみに茱萸の木にもぐる鵯のこどもの涙ぐましも
 おおそんなところにゐるのか子燕の二羽たはむれて中空にあり
 六月のそら晴れわたりツバメの子鳴きかはしたり今日はいい日だ
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お馴染みの村島さんの精細な観察の利いた一連である。
これを読んでいると、村島が鳥たちの行動を仔細に観察しておられる姿が目に浮かぶようである。
精細な観察から、優れた歌が生まれる、というものである。
「うた新聞」に執筆された押切寛子著『石川信夫の中国詠』についての「書評」のコピーも頂戴したが、ここでは紹介だけにとどめる。
ご恵贈有難うございました。           (完)




     
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