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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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藤原光顕の歌「順序もつながりもない二〇首」・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(43)

      藤原光顕の歌「順序もつながりもない二〇首」・・・・・・・・・・・・木村草弥
                  ・・・・・「たかまる」No.115/2019.10掲載・・・・・・・

          順序もつながりもない二〇首   藤原光顕 

   夢の中へ戻されそうで明ける前の空の深みを風がぬける
   夢に出てくるかあちゃんは喋らないまま 迷う私に従いてくる
   たぶん何かがあって時々思い出すバンコクのゆるい坂下のレストラン
   ふるさとの愛染川は細い流れ 八歩で渡れる木橋があった
   焼酎を足す間しばらく待ってくれ 北原ミレイの石狩挽歌
   眠っているはずです たぶん眠ってます確証はないが覚める朝には
   一合の米といで予約のボタン押す また目が覚めるつもりの明日へ
   われながら旨いごった煮白菜汁 めげない味だしぶとい味だ
   ドレッシングたっぷりかけて噛むレタス 朝食のいちばん旨い部分
   残す方が少ない名簿消してゆくここまでくれば迷わずに消す
   ぎりぎりまで待ったが誰も押さない降車ランプへ指を伸ばす
   死ぬまではたぶんもつだろう家具家電老いはそういう計算もする
   声にせぬ「気をつけて」朝の道を靴音だけで知る人が往く
   考える八十五歳 笑い転げる少女らが過ぎた風に吹かれて
   いっぺんも監視カメラに映らないまま35℃の一週間終わる
   なんとなく八十五歳になっていた 誰だってそうだ絶対そうだ
   声にしないままで呑み込んでしまったがあのひとことは決まっていたナ
   救急車の中でピーポーを聞いたこと三回あってまだ生きている
   金網を隔てて銃持つ米兵がいたキャンプそれが神戸の始まりだった
   太鼓山に来て十五年「神戸でなら死にたい」と詠んだ三樹彦を思う
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いつもながらの光顕ぶしだが、体力が回復してきて、それに伴って「気力」が復活してきた様子が見てとれる。
よかった、よかった。
メシが旨い間は、まだ大丈夫。
歌も充実していますよ。光顕さん。
 
一番後の歌に出て来る「伊丹三樹彦」が99歳で九月下旬に死にましたが、ご存知ですか。
私のブログに載せました。見てみてください。

私は来年の二月には満90歳になります。 まだ惚けてはいないつもりですが、足腰が弱りました。
この号には私のブログの八月十五日付の記事を2ぺージにわたって「転載」していただいた。
この記事に共感していただいたようで嬉しいです。
益々お元気でお過ごしください。 では、また。 



        
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