
──新・読書ノート──
尾池和夫句集『瓢鮎図』・・・・・・・・・・・・木村草弥
・・・・・角川書店2017/10/25刊・・・・・・・
ご存知のように尾池和夫氏は先年まで京都大学総長を務められた地震学の大家である。→Wikipedia─尾池和夫
京都新聞の一面に「天眼」という大きな囲み記事があるが、そこに月に一回ほど記事を書いておられる地元では有名人である。
私は、いつも面白く、かつ有益に拝見している。
今は京都造形大学の学長をなさっている。内外の地震学会などで多忙だが、私は寡聞にして俳句を趣味としておられることは知らなかった。
科学者で俳人としては、東大学長でもあった有馬朗人が居られる。
この本は角川俳句叢書の「日本の俳人100」という企画で出版されたものである。
先ず尾池氏が俳句の世界で、どういう地位を占めておられるかを書いておく。
京都の俳句結社「氷室」─金久美智子主宰のもとで、副主宰を務めておられたが、昨年一月から主宰のポストにお付きになった。
「氷室」には1993年四月号から作品を発表され、令夫人・尾池葉子さんも同じ結社の俳人である。
この句集は、第一句集『大地』に次ぐ第二句集ということになる。
この句集の題名の「瓢鮎図 ヒョウネンズ」というのは、妙心寺の塔頭・退蔵院が所有する国宝の絵に由来する。
この絵は画僧・如拙の手になるもので、足利義持の命で「瓢箪でなまずを押さえる」という禅の「公案」を描いた、応永22年(1415年)以前の作だという。
「あとがき」の中で、作者は故郷・高知の高校に居るときにあだ名に「なまず」と呼ばれていたこと。「氷室」誌でも2009年以来「瓢鮎抄ひょうでんしょう」の欄を持っているという。
因みに、「鮎」という字はアユを指すのではなくナマズのことである。音読みは「ねん」や「でん」と訓むので、念のため。
漢字の読み方には「漢音」「呉音」「宋音」など、中国から伝来したときの「音」が複数あって、ややこしい。
昔から俗信として「地震は地下でナマズが暴れているから」だと言われているが、作者の意図として、この題名をつけたことと関連があるのは確かだろう。
掲出した画像の「帯文」でも読み取れると思うが、地震学者として作者は以前から2050年南海地震襲来を唱えて、警鐘を発しておられる。
作品を引いてみよう。
■山門を今年へ抜けし鐘のこゑ
■キムチにはキムチ色して田螺かな
■三門に僧の彳む夕立かな
■巳遊喜さま龍比古まゐる懸想文
■プレートの出会ふ地溝の霞かな
■小満や富士はゆたかにマグマ持つ
■断層性盆地の底の熱帯夜
■菅公の地震の記録を初仕事
■君そこに花に埋もれるやうに立て
■西行の月あればけふ花の山
■鰹船南海トラフ沖にあり
■灼熱の鉄路は構造線に沿ひ─バンドン
■新たまねぎ総長室へどさと来る
■この鰤は氷見とひときは声を張る
■のれそれと出自同郷のどけしや
■母子草学徒出陣記録展
■息災や賀状二人の主治医より
■王様に会ふ自家用機春夕べ
■おんちやんのうるめぢやないといかんきに
■木の実割るチンパンジーを真似て割る
■暁闇の桶に浅蜊の騒ぎ立つ
■ゲルニカを前に汗拭くこと忘れ
■夕凪や海蝕台に星を待ち
■初景色火の根一つの富士箱根
■花冷や伊豆に単成火山群
■万緑や甲骨文にある地震
■二億年のチャートを洗ふ夏の潮
■地震情報ポケットに鳴り春寒し
■春暁やひたすら睨む日本地図
■わが道の先へ先へと飛蝗かな
■年逝くや水噴き上ぐる銅の鶴
■明けぬれば雪まどやかに丸の内
■結構と医師のひとこと夏隣
■風邪の妻モーツァルトの他不要
■蟹行やものの芽を踏む道なれば
■鰻筒したたらせ行く沈下橋
■研究者のゴリラ顔なる立夏かな
■おほざつぱな秤をつかひ茸売る
■寒月やハラルマークの串団子
■菰巻は津波の高さ浜離宮
多く引き過ぎたかも知れない。さすがに科学者だけあって、目の付け所が独特である。
十数年前に急性心筋梗塞に襲われ、病院に駆け込んで命拾いされたという。その頃の句をいくつか引いた。
ネット上では、その頃の詳細な闘病記が見られるが、さすが科学者でメモ・記録も精細なものである。
京大総長という地位の高い有名人なので、海外出張でも、彼にしか詠めない句が見られ、さすがである。この辺で終わる。
| ホーム |