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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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2019年版「未来山脈選集」・・・木村草弥
選集_NEW

樹々の記憶0001

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(選集)

     2019年版「未来山脈選集」・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・・・2019/11/09刊・・・・・・・・
     
      樹々の記憶を求めて ここは何処?
        自由というのは怖い・・・・・・・・・・・・・木村草弥


「未来山脈」は宮崎信義の創刊した「新短歌」誌の後継として発足し、通算70周年となったので、この「選集」が刊行された。
刊行日は11/09だが、本は今日になって到着したので今の時点でアップする。
光本恵子・主宰の長い営為に心からの敬意を表するものである。 おめでとうございます。
この刊行に際して、私の作品として何を提供しようか、迷ったが、この「樹々の記憶」を載せることにした。
この詩は私の第三歌集『樹々の記憶』(短歌新聞社)に載せた一連十首のうちの八首である。
掲出した写真がカバー装丁である。写真は娘・ゆりから提供してもらった。
画像でも読み取れると思うが、この本の「帯」文は光本恵子氏が書いてくたさった。

掲載は二十首で、二ページにわたるもので、後半には「エピステーメー」という私の作品──角川「短歌」誌2011年3月号所載の一連12首が光本先生の職権で付け加えられて合計20首として掲載された。
この部分は歴史的かなづかいによるものだが、何とか形になっているだろう。ご理解を得たい。光本主宰の判断に感謝する。
リンクを見てもらえばわかることだが、念のために、その部分を明朝体で付け加えたので、ご覧ください。

           樹々の記憶・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

    瞬間(とき)の迷路を辿れば ここは何処?地平線まで歩いてゆこう

    月は動き続け波はうねり続け わたしは歩き続けよう

    柔らかな言葉が織り成ししなやかな波が引いてゆく 夢ではない

    時を紡ぐ糸から手を放し 道は一つ曲がり角ではよく考えて

    樹々の記憶を求めて ここは何処?自由というのは怖い

    私はどこから来たか 今ここにいる私という希望と自由

    思い出されるのは楽しいことばかりではない 樹々の記憶は遠く

    <日々これが己に輝く最後と信ぜよ> 聖なる警句に従って生きよう


    千年で五センチつもる腐葉土よ楮(かうぞ)の花に陽があたたかだ

    手漉紙のやうにつつましく輝(て)る乳房それが疼くから紅い実を蒔かう

    紅い実をひとつ蒔いたら乳房からしつとりと白い樹液が垂れた

    呵責(かしゃく)とも慰藉(ゐしゃ)ともならむ漂白の水に漉かれて真白き紙は

      プラトン、アリストテレス「感覚的知覚=ドクサ」に対立する「理性的認識=エピステーメー」『哲学用語辞典』
    フーコーは「思考の台座」と名づけたがエピステーメー、白い裸身だ

    振り向いてたぐる時間は紙子のやうにしなしなと汚れてゐるな

    われわれはひととき生きてやがて死ぬ白い紙子の装束をまとひ

    惜しみなく春をひらけるこぶし花、月出でぬ夜は男に倚(よ)りぬ

    くるめきの季(とき)にあらずや<花熟るる幽愁の春>と男の一語

    花に寄する想ひの重さ計りかね桜咲く日もこころ放たず

    異臭ある山羊フロマージュ食(は)みをりぬ異臭の奥に快楽(けらく)あるかと

    私が摑まうとするのは何だらう地球は青くて壊れやすい



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