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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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中野先生憶いて歩む加茂街道もみじ散りきてコートに止まる・・・内田晶子
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 ↑ 短歌新聞社1997/08刊
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 ↑ 本阿弥書店1997/07刊

──エッセイ──

      中野先生憶いて歩む加茂街道
            もみじ散りきてコートに止まる・・・・・・・・・・・・・内田晶子


今日の「京都新聞」朝刊の「京都文芸」欄の「歌壇」吉川宏志選の巻頭に、この歌が載っている。
吉川の「評」には
<京都新聞歌壇の選者を長年務められた中野照子さんが、十一月に亡くなった。
美しい下の句にしみじみとした哀感がこもる。中野さんには『賀茂街道』などの歌集がある。>
と書かれている。
中野照子さんについては、私にも思い出がある。
私は短歌を作る気持ちは全くなかったのだが、もう四十年も前になるか、台湾に旅したとき台湾最南端のガランピ岬に立ったとき、こんな歌が自然に生まれた。

      この海はバシー海峡かの先はフィリピンよと君は言ふなり・・・・・・木村草弥

この歌を投稿したら、中野照子さんが佳作に採っていただいた。
私は「こんなものでも短歌になるのか」と思って、短歌に関心を抱くようになったのである。
私が短歌を作るきっかけを中野さんが与えてくれたものと言えるだろう。
そんな意味で、中野さんは、私を短歌の道に導いてくれた恩人の一人だと言えるだろうか。
この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載せた。

中野照子さんの歌集などは昨年、蔵書整理で日本現代詩歌文学館などに寄贈したので今は手元にはない。
画像だけ掲げておいた。
中野照子さんは「好日」の幹部であられたが、晩年は歌の作品の発表もなく亡くなられた。  合掌。
内田晶子さんの歌では「加茂街道」となっているが、中野さんの歌集の題名の通り「賀茂」が正しい。
京都の北の出入り口にあるのが賀茂街道であり、中野さんは京都市北区の「賀茂」なんとか町に住んでおられた。

内田晶子さんは、この文芸欄の常連で、いつもお名前を拝見する人で、隣接する「宇治田原町」に住む人である。

今朝読んだ京都新聞の記事に因んで書いてみた。



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