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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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冨上芳秀詩集『芭蕉の猿の面』・・・木村草弥
とかみ_NEW

──冨上芳秀の詩──(6)

      冨上芳秀詩集『芭蕉の猿の面』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・詩遊社2020/01/01刊・・・・・・・・・

冨上芳秀氏の「詩」については、このブログで何回も採り上げてきた。
その旺盛な執筆については、ただただ瞠目するばかりである。
発表される場は多岐にわたり、その主なものは「詩遊」 「イプリスⅡ」などである。
この本の「後記」にも書かれているが、先年、冨上氏は体調を崩された。
毎年一月一日付で詩集を上梓されてきたが、そんな事情で一年間詩集は出されなかって、2020年初の刊行となった。
同氏には、かつて『蕪村との対話』という詩集があるが、今回の本は、それと「対」をなすものと言えるだろう。
現代詩作家というのは、とかく日本の伝統から離れるという姿勢を採る人が多いが、同氏は、そういう形を採らない。見上げた姿勢である。
しかし、「後記」にも書かれているように、迫り方は、少し違う。

<私が芭蕉について書こうと思ったのは、『蕪村との対話』のように蕪村の俳句に触発されて書いたのとは全く意味合いを異にする。
 私は芭蕉の死と生を書こうと思ったのである。
 永年、芭蕉の死の現実を書くことが私のリアリズムへの憧れであった。・・・・・>

と書かれている。
そして自分の体調不良のことが縷々綴られている。

<・・・・・詩を書く私はアンチリアリストである。
 ここに私の中のリアリズムとアンチリアリズムの葛藤がある。
 テーマは芭蕉に関連する詩と私自身の旅の詩である。・・・・・>

これらの言葉は、この一巻の要約として、極めて的確である。
この本に収められた作品は、先に挙げたような詩誌に発表されたものを、まとめたものであるから、私にとっては「曾見」のものと言えるが、改めて一巻として見ると違った感懐を覚える。

ご参考までに、先の著書『蕪村との対話』について、私は、こう書いた。   ↓
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 『蕪村との対話』である。
この本の「帯」裏に、こう書かれている。

<蕪村の俳句には特異なポエジーがある。
 特にシュールレアリズム的な魔的で不気味な魅力を感じながら蕪村とは異質な私自身の世界で蕪村と対峙しようと思ったのである。
 ・・・・・ここ十年ほど私は無謀ともいえるこの実験を繰り返してきた。
 蕪村という時代を超えた偉大な詩人と対話することで私は自分の姿を少しは見ることができたのではないかと思っている。>

作品を一篇引いてみる。

  月光西にわたれば花影東に歩むかな (蕪村)

  猫時計は昼も夜も眠っています。真っ赤なトマト、まともなマトン。どうやら背中に傷を負ったらしい。
  昨日、観音講に行った時に女に舐められたからな。酒を飲んでぶっとんじやったんだ。死ぬまで沼でチリヌルオワカ。
  ・・・・・不精な蕪村。今朝の電話にはまいったな。変わらぬ古女房は歳月の猿。・・・・・
  町をさっそうと長いコートで身を包んで大股に歩いていた。その下はスッポンポンだったのには笑ってしまったな。
  また、はじめての時みたいに皮を剥いで新鮮に食べた。                       歳月の猿


  古池に草履沈ミてみぞれ哉 (蕪村)

 老いを追い人生の枯野をさまよう。ウリウリガウリウリニキテウリウレズ、ウリウリカエルウリウリノコエ。
  笈を背負い人性の町で鯖を読む。売れませんねえ。人生の晩年の重い思いを売り売り、笈を負い人生の涸れ、彼の悩を収まんように。
  ウリウリガウリウリニキテウリウレズ、ウリウリカエルウリウリノコエ。
  生いを蔽う新生の華麗の能に産婆さま酔う。老いを負い人世の加齢の脳をさまよう。        老いのニガウリ
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こういう蕪村への迫り方と、今回の本の「芭蕉」への迫り方は、同氏も書くように、明らかに違う。
同氏が同じ時期に、体調を崩されたことと、大きく関係しているだろう。
つまり、同氏の「息が続かなかった」のだろう、と私は察するのである。

  元禄七年(1694年)十月十二日、申の刻(午後四時ごろ)、芭蕉は南御堂の前の旅宿「花屋仁左衛門」の離れで亡くなった。
  享年、五十一歳。その日の夜、遺言通り、義仲寺に葬るため、
  去来・其角・乙州・丈草・支考・惟然・正秀・木節・呑舟・次郎兵衛の十人が、遺骸とともに淀川を遡った。
  伏見で一泊し、翌朝出立し、昼過ぎに儀仲寺に到着。
  翌十四日夜、門人八十人が見守る中、木曽義仲の墓の隣に埋葬された。
  というのが、芭蕉の臨終から埋葬までの概要である。
  有名な辞世の句<病中吟 旅に病んで夢は枯野をかけ廻る>は九日午前二時ごろ看病していた弟子の呑舟を起こし、
  墨をすらせて書いたものである。                                                  枯野

と史実に基づいた記述がなされている。
この辺のところにも、同氏が資料にも正確に当たっておられるのが見てとれて好ましい。

ところが、この項の次の作品が「アヤメ沼の帽子売り」というもので、芭蕉とは全く縁のない詩で、この辺のところに、同氏が「後記」に記された苦悩が見てとれるというものである。
いま手元にある「イプリス Ⅱnd」26 には「アヤメ沼の帽子売り」「ウシウマ君」などの散文詩が載っているが、この本に収録されている。

ここで、題名が採られた「芭蕉の猿の面」という作品を引いておこう。

年々や猿に着せたる猿の面 (芭蕉)

どこまでも続く枯野である。木枯らしに向かって旅人はもくもくと歩いている。時に、野ざらしが転がって
いるのを見ることもあるが、旅人には何の感情もわかない。いずれ自分もそのような姿をさらし、曇天の下、
風になってさまようはずである。木賃宿を立つ時、猿に猿の面を着せた猿回しと出遭った。いつの間にか、
年が改まっていたのである。猿に猿の面を着せても猿は猿である。このように猿の面を脱ぎ捨てながら私は
七十年を生きてきたのであった。どこまでも続く枯野である。私には木枯らしの中を歩いている芭蕉の姿が
見える。私は芭蕉の姿を追い求める旅人である。私は猿に猿の面を着せて平凡な生活をおくる猿回しである。
そんな歳月を重ねながら、私は木枯らしの中を旅する芭蕉になったのである。私の枯野はどこまでも永遠に
続いている。                                                 芭蕉の猿の面

ここに彼・冨上芳秀が、この本を書くに至った心境が的確に語られている。
この心境に彼がなったのは、彼が、これらの年に体調不良に陥ったが故に辿りついた境地なのである。
三年前に、突然、起居不能に陥った私の体験からも、よく判るのである。

続いて、こんな詩を引いておこう。

私は高熱にうなされながら誰もいない荒れ果てた枯野を旅している夢を見ていた。思えば人が生きるという
ことは、 このような孤独な旅をしているようなものであろうか。 たくさんの女と出会った。 たくさんの男
と出会った。魔物とも神とも仏とも出会ったように思うのだが、本当はそんな夢を見ていたのかもしれな
い。だれも私の傍にはいない。どうしてそんなに私は急いで歩いているのだろうか。私の心臓は、不規則に
どくどくとまだ動いている。・・・・・・                       暗い、本当に暗い。真っ暗な中を舟
はゆっくりと川を上っているではないか。舳先に提灯を付けて舟は枯れ葦の中をずんずん進んで行くではな
いか。大勢の人が泣きながらこの舟に乗っているような気配がする。月が出ている。月の光の中を横たわっ
た私を載せた舟が、青みがかった暗い夜空の果てに飛んでいくような気がするが、私はやっぱり夢を見てい
るのに違いない。・・・・・・・
       ・・・・・私は枯野の中をひとりで旅をしているのだから。これは夢などではなく現実なのである。
                                                  淀川を遡る芭蕉の遺体

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この本には全部で81篇の詩と、九つの上田寛子の挿画が載っている。
いつもながらの詩にぴったり合う上田の絵である。その中から二枚だけ、ご紹介しておく。

とかみ_0001_NEW

とかみ_0002_NEW

スキャナで取り込むので、原画のように出ないかも知れないので、お許しを。
以上、ご恵贈に感謝して、ご紹介を終わる。 有難うございました。 くれぐれも、ご自愛を。          (完)







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