
石(いは)ばしる垂水の上のさ蕨の
萌え出づる春になりにけるかも・・・・・・・・・・・・・・・・志貴皇子
歌いぶりは率直、歌意も単純明快である。垂水=滝と言っても小さなものだろうか。
その滝の傍らに生えているわらびが、芽を出す春になった、という喜びを述べている。
立春から多少日を経たころの景色だろう、爽やかに、心のはずむ春の到来が、快い調べになっている。
この歌は「万葉集」巻8、春の雑歌の巻頭にある有名な歌だが、実景に即して、感動や情感を写し取るように描写する「万葉集」の表現方法は力づよい。
これ以上の余計な雑言は不要だろう。
わらび、ぜんまいの類は山野草摘みの代表的なもので、早春の風景と切り離せない。
地下茎から春に芽が出て、こぶしを丸めたような形をしている。この頃の若芽が食べ頃である。
「さわらび」の「さ」は「早い」という意味の「接頭語」である。わらび、ぜんまいの類は早春の今ごろに新芽が萌え出てくる。
昔の本には旧暦の一月の頃に出ると書かれているから、今の陽暦に直すと二月頃ということになる。
みちのくのわらび真青に箸に沁む・・・・・・・・・・・・・ 島みえ
という句にもある通り、山里の季節のものとして珍重される。
「ぜんまい」(薇、狗背と書かれる)も同じ羊歯類の植物である。
以下、「わらび」「さわらび」「蕨狩」を詠んだ句を引いて終る。
負ふた子に蕨をりては持せける・・・・・・・・・・・・暁台
天城嶺の雨気に巻きあふ蕨かな・・・・・・・・・・・・渡辺水巴
早蕨は愛(かな)しむゆゑに手折らざる・・・・・・・・・・・・富安風生
道ばたに早蕨売るや御室道・・・・・・・・・・・・高野素十
月日過ぐ蕨も長けしこと思へば・・・・・・・・・・・・山口誓子
早蕨の青き一と皿幸とせん・・・・・・・・・・・・成田千空
早蕨や地下錯綜の上に立ち・・・・・・・・・・・・和田悟朗
良寛の天といふ字や蕨出づ・・・・・・・・・・・・宇佐美魚目
落ちかけて日のとどまりし蕨かな・・・・・・・・・・・・藤田湘子
早蕨や蔵王の見える厨窓・・・・・・・・・・・・星野椿
早蕨や若狭を出でぬ仏たち・・・・・・・・・・・・上田五千石
堰かれては水のはばたく初蕨・・・・・・・・・・・・三田きえ子
早蕨や野川鳴りつつ光りつつ・・・・・・・・・・・・山田美保
野に惚けゐるは吾とも蕨とも・・・・・・・・・・・・藤村瑞子
窯焚きへ湯気あたたかき蕨飯・・・・・・・・・・・・武田稜子
丘にきて風のうごかす蕨摘む・・・・・・・・・・・・秋元不死男
八ヶ岳仰ぐやわらび手にあまり・・・・・・・・・・・・及川貞
ぜんまいののの字ばかりの寂光土・・・・・・・・・・・・川端茅舎
ぜんまいの渦巻きて森ねむくなる・・・・・・・・・・・・野見山朱鳥
ぜんまいの渦の明るさ地をはなれ・・・・・・・・・・・・岸霜陰
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