
──再掲載─初出・Doblog2007年2/21──
心臓が「ぽっぺん」と鳴ればそれは恋・・・・・・・・・・・・・・・坂崎重盛
「ぽっぺん」という長崎由来の玩具がある。「びーどろ」とも呼ばれる。
図版①は歌麿の「びいどろを吹く女」という浮世絵である。
この「ぽっぺん」は何と、俳句の世界では「新年」の季語として歳時記にも載っているのである。
「ポッペン」が、どうして「新年」の季語になったかの経緯は判らない。
角川俳句大歳時記には「正月に吹いて厄を祓う」とあるから、これが妥当な由来かも知れない。
掲出の坂崎重盛はエッセイストで、俳号を「露骨」というらしい。
私はまだ未見だが、石田千『ぽっぺん』という本が出て、その本の紹介記事として新潮社「波」2007年2月号に彼の「ぽっぺん讃句」というのが載って、私は見たのである。
「ぽっぺん」とは薄いガラス製で、細い管と、その先が、お尻の平たい丸い月。
管の先に唇をつけて、息を吹き入れると「ぽっぺん」と乾いたような、くすぐったいような音がする。
オランダかポルトガル由来の西洋のものらしい。
新潮社「波」の記事には、坂崎氏のぽっぺんの句が50近く載っている。
そのうちのいくつかと、歳時記に載る句とを引いておきたい。

写真②が「ぽっぺん」。
長崎みやげの郷土玩具として、いろいろの柄の「ポッペン」が見られる。
その中のいくつかを載せてみる。
■ぽっぺんの生まれは長崎ぶらぶら節・・・・・・・・・・・・・・・坂崎重盛
ぽっぺんはタートルよりも鶴の首
情無や指切りぽっぺん牛蒡切り
「ぽっぺん」と時のめくれる音がする
ぽっぺんと果報は寝て待て三日待て
「今どこに?」ぽっぺん只今迷子中
鈴は鳴るぽっぺんは吹く人は去る
■ぽっぺんを吹かずに包むたなごころ・・・・・・・・・・・・・・・坂崎重盛
生き選ぶ、たとえばぽっぺん、無地、格子
ぽっぺんを吹く瞬(ま)に大人になりにけり
ぽっぺんのぺこんと凹む色気かな
ぽっぺんや犬の鼻唄冬の歌
ぽっぺんの一吹の間のセ・ラ・ヴィかな
以上、ここまでが坂崎氏の「川柳句」である。
「ぽっぺん」という季語は入ってはいるが、彼の句の場合、私はこれを季語だと思わない。
「俳句」ではなく「川柳」だろう。「川柳」には季語という拘束はない。
私が、こう言う根拠は、この坂崎の文章に「これがなぜか新年の季語らしい」とあるからである。
彼が「俳人」ならば、まさか、こういう書き方はしないだろうから。
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以下は、歳時記に載る俳句である。
ぽつぺんは口より遠くにて鳴れり・・・・・・・・・・・・後藤比奈夫
ぽつぺんを吹いて佳きことあるらしき・・・・・・・・・・・・松本旭
やみつきのぽつぺんを吹くばかりかな・・・・・・・・・・・・岡井省二
ぽつぺんの闇の深さを計りたる・・・・・・・・・・・・岡田史乃
ぽつぺんを吹いて浮世絵いろの空・・・・・・・・・・・・中尾杏子
ひとしきりぽつぺん吹いて母子眠し・・・・・・・・・・・・石垣青葙子
ぽつぺんと鳴りぬ力を抜きしとき・・・・・・・・・・・・金田志津枝
ぽつぺんを吹けば夢二の女に似・・・・・・・・・・・・大森扶起子
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この記事を載せたら阿佐谷みなみ氏が「ポツペン」を詠んだ次のような漢詩があるとお知らせいただいた。
下記に載せておく。
「倒掖戯」・・・・・・・・・・・・太田玩鴎
玲瓏恰比水晶清。奇韻殊憐玉振声。豈啻揺唇呼吸巧。還縁合掌抑揚鳴。
春風未見携市遊。夏夜初聞吹満城。愛玩多親雛妓袂。涼棚月榭独縦横。
訓読すれば。
玲瓏あたかも比す 水晶の清/奇韻ことに憐れむ 玉振の声
あにただ揺唇 呼吸の巧のみならんや/また合掌 抑揚に縁りて鳴る
春風いまだ見ず 市に携へて遊ぶに/夏夜はじめて聞く 吹きて城に満つるを
愛玩おほく親しむ雛妓の袂/涼棚 月榭 ひとり縦横
鮮やかな美しさは水晶のように清らか。珍しい音は玉振のようで、とりわけ心を引かれる。
唇の呼吸の巧みさだけではなく、てのひらを合わせて抑揚によって音を立てる。
春風のころには街に携え遊ぶ人を見ることはないが、夏の夜になると町中に吹く音が聞こえる。
半玉がもっぱら愛玩し親しみ、涼み棚や月見台で吹くのはこれに限るよ。
詳しいことは阿佐谷みなみ「近代詩探偵の事件簿」の記事を見てください、とは言えない。
阿佐谷さんとは連絡がつかないし、Doblogはサービスを停止していて見られないからである。
ここに記して、御礼申し上げておく。
その後調べてみたら Wikipedia─坂崎重盛 が出ているので参照されたい。
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