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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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「信天翁」私信と抽出歌・・・萩岡良博
信天翁_NEW

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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       「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・萩岡良博(「ヤママユ」代表)

新型コロナウイルスが蔓延し外出もままなりません。お変わりございませんか。
三月に予定していた歌会も、飲み会もすべて中止となりました。ただ桜の蕾が日々ふくらんでいくのが楽しみです。
御歌集『信天翁』ご恵贈賜りありがとうございました。
実は角川「短歌」誌に発表された「cogito, ergo sum」を拝読したときに、木村さんの意図がわからず違和感を覚えましたが、
本歌集を拝読して、その違和感は氷解しました。あれは自由律の連作短歌あるいはソネット風の短詩だったのだと。
しかし小生はやはり巻頭の「信天翁」一連が安心して拝読することができます。
   ・まみどりのみどりまみれぞ松園の春画に見つる繁き陰毛は
   ・もゆらもゆら夏の玉の緒ひぐらしの啼く夕ぐれはまうらがなしも
上句はいずれも下句のエロスやかなしみを呼びおこす序詞的なしらべを湛えています。
一首目はまた「松柏美術館」へと展開され、小生も何度か訪れたことがありますが、その美術館の歴史には蒙を啓かれました。
また一首目のエロスは「桜」にも漂い出て、前詩集『修学院幻視』の濃密なエロス的詩的空間を思い出しました。
「生存証明」としていただいた今年の木村さんの年賀状には、角川「短歌」十二月号に載せましたエロスを詠みこんだ拙歌に対して嬉しい励ましの一筆がありました。
木村さんの詩精神の源に尽きることのないエロスの泉が滾々と湧き出てことを羨(とも)しく思います。
そんな若々しい木村さんですが、年齢のことなど考えたことはありませんでしたが、九十歳になられたことに驚きました。
「卆の字」には、卒寿の卒をめぐる詩的考察がありますが、この尽きせぬ知的好奇心も木村さんの詩の源泉に数えることができるでしょう。
「シオンの光」の「一枚の絵の中で物語が時間をかけて浮き沈みする」という一行。
「絵手紙」のカボチャについての随想。
そして「オダガン・モド」(巫女の木)や「聖樹セイバ」などの樹木をめぐる考察など、小生の知らぬことばかりで、詩の広野に連れ出していただくような思いで拝読いたしました。
「森」と「岩石」をめぐる詩篇は、地球について、そこに住む私たちについて、根源的な思索を迫るものでした。
そして「壁」。定型の「壁」を意識している限り、木村さんの詩精神は、ついに理解できないのかも知れないとも。
雑感が長くなりました。「信天翁」の一連には
    ・また地上に出でくるときは七年先まみえむ日まで命やしなはむ
と「つくつくぼふし」を詠んでおられますが、時節柄ご自愛下さり、命ながくやしなわれんことを。
     三月十四日                       萩岡良博

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畏敬する萩岡良博氏から、私の作歌の意図を的確に突いた批評を賜り、作家冥利に尽きます。
有難うございました。 嬉しいです。





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