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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子の歌「花を売る老婆」33首・・・木村草弥
晶_NEW

──村島典子の歌──(41)

     「花を売る老婆」33首・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・「晶」109号所載・・・・・・・・

          花を売る老婆      村島典子

                   吟行より六日をへだててふたたび西教寺を訪ふ
   ひとり来てふたたびを来て西教寺に思ひをふかむ湖の見えをり
   鉦の音のけふもきこえく本堂に欄間の羅漢のみな笑みまさむ
   真盛上人の木像写真の片されて本堂すそけし淋しくなりぬ
   六日前のわれらと思ふ向かうから来る集団のありすれ違ひたり
   風景は溶けまじるなり紅葉と眼下の湖と坂本のまち
   一人なればひとりの時間門前町にふぞろひの柚子売られてありて
   坂本の門前町に迷ひいり柚子一盛りを百円に買ふ
                      夜々奇怪なる夢多し、  六首
   なにゆゑかかく鮮やかな夢を見つ勤めゐたりし二十歳のころの
   上司なる甚兵衛さんが能楽堂に仕舞をまへる摺り足に去る
   昨夜みしは舅しうとめ台所にチーズとらむと背伸びするところ
   白障子めぐらされゐる高層の家うち点りて巨塔のごとし
   障子ひらき鳥いつせいに翔びたつは夢の夜のそら神さぶるかも
   なよなよとなんだか頼りなき歌と評されそれより醒めて眠れず
   土に還ることのたふとさ叢にましろきビニール袋よあはれ
   ものとして転がりてある現実を霜月の雨が猛烈に打つ
   雨脚の物に触るると彼は言ひきしみじみとして雨を聴きをり
   「残夢童女」ダムの底よりあらはれしとふ文明を問ひき石牟礼道子
   ダムの底に時間は鎖され村落も墓石もとはに水漬きたりけり
   風景はかつて背景でありしこと、宗教画からリアリズムへと
   ただ湖はそこにありけりそれのみに今朝は元気にわれ在りにたり
   情感(サンサシオン)いづこからくる湖の面に小さき舟のとどまるが見ゆ
   「ねぢられた家」訳者が田村隆一であることのなぜにかくも嬉しき
                                 アガサ・クリスティー著
   味覚検査すべて辛しと応へをへ血液採らる犯罪者のごと
   実在は非在となるやたうとつにヒヨドリおまへ柿を持ち去る
   七十五歳をばあさんと呼びますか 「呼びますよ」独り笑ひしながら
   夕暮のわたしのまなこ花と死を取り違へたり「死を売る老婆」
   行きしことなけれどフィレンツェの街角の花売る老婆を思ひ描けり
   「ユリノキの大木なのか」「枯花を見よ、わたくしはユリノキである」
   情念を灯し思念を宿す木とユリノキ詠みし橋本喜典
   北沢郁子逝きたまひしとしみじみと書評のひとつ読みたりわれは
   非常なる内気のわれを知る人のはや無くなりて淋しかりけり
   月熟すと言ひし人はも鬼灯をかかげかの世の岸に待つらむ
   盥水もて山のひかりを見たまひて逝きましし師を今朝は思へり
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「私は、いま、どんどん近代短歌の方へ傾いています」という村島さんである。 
この一連が、その近代短歌に到達し得ているか、どうか。
益々のご健詠を。 有難うございました。



       
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