
ががんぼの五体揃ひてゐし朝・・・・・・・・・・・・・・・平山邦子
「ががんぼ」は極めて弱い虫で、ちょっと触れるだけで、すぐ足がもげてしまう。
この句は、そういう様子を巧く句にまとめている。
私の歌にも、こんなものがある。
ががんぼを栞となせる農日記閉ざして妻は菜園に出づ・・・・・・・・・・・木村草弥
この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
ガガンボというのは「蚊とんぼ」という場合もあるが、蚊の姥(うば)からなまったもので、「かがんぼ」が正しいとも言われている。
蚊を大きくしたような虫で、細くて長い足を持ち、その足もすぐにもげる。人には害は与えない。
この歌に詠っているのは、まだ妻が元気で菜園に出ていた頃の作品で、農日記と称する手帳をつけていて、たまたま、
そのページにガガンボが止まったまま閉じたので、栞のようにガガンボが挟まれている、という情景である。
妻は都会育ちの人で農作業に関しては全くの素人であるが、農村育ちの私の母などから教えられて、農作業を覚えていった。
素人だから、何ごともメモしておく習慣がつき、ひところは狭いながら菜園を作っていた。
同じ歌集に
母よりも姑(はは)と暮らすが長しと言ひ妻は庭べの山椒をもぐ
という歌が載っている。
このようにして農作業に従事してゆくうちに、ものを「育てる」「収穫する」という喜びを体験して、だんだん農作業が面白くなってきて、
ナスやキュウリ、トマトなどを育ててきたのである。
いっぱし農作業に精通しているかのように、私に手伝いの指示を出したりするようになった。
農作業についての妻を詠ったものは、まだたくさんあるので、またの機会に書きたい。
それらのことも妻が死んだ今となっては、懐かしい思い出である。
花や植物の名前などは、私は妻に教えられたものが多いのである。
ガガンボを詠んだ句を引いて終わる。
ががんぼの脚の一つが悲しけれ・・・・・・・・高浜虚子
ががんぼのかなしかなしと夜の障子・・・・・・・・本田あふひ
蚊とんぼの必死に交む一夜きり・・・・・・・・山口誓子
ががんぼのタップダンスの足折れて・・・・・・・・京極杞陽
ががんぼに熱の手をのべ埒もなし・・・・・・・・石橋秀野
ががんぼの悲しき踊り始まりぬ・・・・・・・・伊藤いうし
ががんぼにいつもぶつかる壁ありけり・・・・・・・・安住敦
ががんぼの音のなかなる信濃かな・・・・・・・・飯田龍太
蚊の姥の竹生島から来りしか・・・・・・・・星野麦丘人
ががんぼの一肢かんがへ壁叩く・・・・・・・・矢野渚男
ががんぼの脚を乱して外の闇へ・・・・・・・・星野恒彦
ががんぼを恐るる夜あり婚約す・・・・・・・・正木ゆう子
ががんぼの溺るるごとく飛びにけり・・・・・・・・棚山波郎
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