FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
202007<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>202009
松延羽津美歌集『水の神さま』・・・木村草弥
水_NEW

──新・読書ノート──

      松延羽津美歌集『水の神さま』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・ながらみ書房2020/04/30刊・・・・・・・・・

この本が恵贈されてきた。私には未知の人である。
巻末の略歴を引いてみよう。

松延羽津美
1949年 福岡県八女郡立花町生まれ
2001年 NHK学園通信講座にて作歌開始
2002年~2006年3月まで 教養講座「万葉集」受講
2013年 久留米毎日文化教室(恒成美代子講師) 受講 今に至る
2017年 「未来」短歌会(中川佐和子選歌欄) 入会 現在に至る

私も「未来」に十数年居たし、恒成美代子氏とも交遊しているので、この本が贈られてきたものと思う。
恒成さんのなれそめについては、この記事 → 「恒成美代子歌集」を見てもらいたい。

前置きが長くなった。
この本には「跋」として8ページにわたる詳しい解説を恒成美代子氏が書いておられる。
そこには松延氏の人となり、ご夫君の仕事のこと、など詳しく書かれていて、私が付け加えることは何もないのだが、苦言、忠告も含めて少し書いてみる。

ご夫君は「水利」に関する仕事を生業としておられたようで、歌集の題名は、それに因んでいるらしい。
この本は「編年体」でまとめられているという。

   ■新しき年の始めの蛇口よりほとばしりたり水の神さま

この歌から本の題名が採られている。ご夫君の仕事に関係するものとして極めて的確な選択だろう。
しかも「水の神さま」という項目が巻頭を飾っているのも納得される。

   ■ゴックンと咽喉をならす一杯がはじける夕餉キラリ麦秋
   ■ひさかたの雨のめぐみにたつ早苗われは米とぐ玻璃戸の内に
   ■ほとばしる玉来川の水源の流れるを汲む葦の根元に
   ■ストレリチア、キングプロテア、孔雀草、講話に咲けるは腸内フローラ
   ■花水木の木陰に寄りてプルトップ開けて話すも埒のなきこと
   ■ベランダに五月の風は吹き渡り浅葱努(ゆめ)みし ねぎ坊主立つ

「水」に関する歌などを引いてみた。
六首目の歌には「あさきゆめみし」という「いろは歌」が、さりげなく引かれていて古典を学ばれた片鱗が見える。
「ゴックン」とか「キラリ」とかの言葉がカタカナで書かれているのも作者の特徴だが、それが効果的かどうか、は疑問のあるところ。

   ■珊瑚礁の海に仲間と繰り出して海水浴せしあの夏の燦
   ■沖縄に住みし一年九ケ月を思ひおこせばただ若かりき
   ■夏雲のわきたつ下に葵ちやんとサンシャインプールで一日遊ぶ
   ■別れ際を改札口でハグすれば咲子の身長吾を越えてをり
   ■仕事終へ日暮れに帰る足取りの重き夫なり おつかれさまです
   ■〈百聞は一見に如かず〉スカイプにひとり住まひの息子と語る
   ■頻繁に夫のメールに着信のあれば目覚むる真夜一時半
   ■熊本の激しき地震に怯えたる子らの避難をわが預かりぬ
   ■くつきりと甦る日々の折折を顕徳町の官舎に見たり
   ■夫の背を四十五年見送れば朝な朝なの体調の見ゆ
   ■橋梁は夫の仕事の一つゆゑ「ハイヤ大橋」如何に見ますや

夫の「たつき」子や孫に触れた歌を、まとめて引いてみた。
そろそろ、「まとめ」に入りたいが、苦言になると思うが読んでみてほしい。
この本を頂いたときに「栞ひも」が挟まれていたページがあった。そこには、この歌があった。

   ■「二次災害になりませんやうに」と見守る救助ヘリのホバリング

この「なりませんやうに」の「やうに」は誤用である。
文語なら「よー」は何でも「やう」だと思ったら大間違いである。
要点だけ指摘しておく。この「なりませんように」は助動詞特活という用法で「「推量」「意志」「勧誘」の意味を表す語である。
だから「旧かな」でも「ように」が正解なのである。この使用法は、よく間違われるもので注意したい。

巻末の一つ前の項目に「秋の午後」の一連があって

   ■はるかなるドリー羊の誕生がフラッシユバックす『私を離さないで』
   ■「『鉄の蜜蜂』つて何なんだ」と夫の言ふ「医療かな」と漠然と答ふ
   ■『水神』のページをめくる秋の午後 眼下の稲穂刈られてゐたり

『』の中は本の題名だろうが、二番目に引いた歌の夫の問いについて「医療かな」と漠然と答ふ、というのはトンチンカンも甚だしい。
この岡井隆の歌は、これである。

   <今日もまたぱらぱらつと終局は来む鉄の蜜蜂にとり囲まれて    岡井隆>

この歌から『鉄の蜜蜂』という題名が採られているのである。
さて「鉄の蜜蜂」とは、何の象徴だろうか?
ネット上にも、いろいろの評が出ているが、真正面から切り込んだものは見当たらない。
この「鉄の蜜蜂」という「比喩」が難解だからである。
毒針は持ってはいるが、潰せば弱いミツバチである。それが「鉄」だというのである。
こういう比喩を彼は好んで使う。彼は詩人でもあり、詩の世界では「詩は解釈するものではなく、感じるものだ」ということになっている。
彼は、それに従っているのであり、だから、ただ感じればいいのである。

ただ、松延氏の本に載る「医療かな」と漠然と答ふ、というのは頂けない。

岡井隆の、この歌集には、それは例えば、

   <行きたくない。だが、ねばならぬ会合に大岡詩集読みながら行く>

   <一輪の傘が咲くとき 不思議だなあ 雨の方から降ってくるんだ>

   <旧友の吉田はむかし農村の工作隊へ行つたときいた(何をいまさら)>

などの「ただごと歌」が載っている。これらの歌は高尚なことを詠っているのではないのである。
私も「未来」に暫くいたことがあるので「ああこれが岡井隆翁の肉声なのだ」、と、妙に納得したり安心したりさせられるのである。ただし私が意見を異にいている、彼の皇室と原発に関する歌などには私は同意しない。

今回特に印象に残ったのは、巻末に置かれた「父 三十首」である。 ここには

    <紀元前十四世紀のむかしより父と子はつねに妬み合いしか>

    <キリスト者として戦中を耐へし父。苦しき転向を重ねたるわれ。>

    <「マスコミにたてつくことは止めよ、隆。」いたき体験が言はせた至言>

のような著者の親子の愛と相克を巡る力作が並んでいるが、本書で、著者もまたおなじ目に遭った、という告白に接して刮目せざるを得なかった。

    <十代にていぢめに会ひぬ「隆、それは耐へる外ないぜ」よ言ってくれたが>

    <学校側の知人にひそかに手をまはしをりたりとはるかのちに知りたり>

私は漸くにして衰微の影が搖蕩しないでもない、著者第三十四番目の歌集を閉じながら、もしもその父親の恩寵の手なかりせば、この偉大な歌人の運命はいかばかりであったろう、と余計な思案をせずにはいられなかった。

私が、岡井の本を読んで感じたことに拘りすぎたかも知れないが、この岡井の本を読んだのなら、せめて、これに類することを感じて欲しかった、と思った故である。
岡井隆は「未来」の創刊同人であり、今も「編集者」に名前を留めてはいるが体調不良で歌の発表もない。
岡井隆を「雲上人」のように扱うのは止めにしたい。

文語文法にしろ、短歌の世界は、たやすくはないことを肝に銘じていただきたい。
そのことを申しあげて鑑賞を終わりたい。ご恵贈有難うございました。        (完)



コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2020 Powered By FC2ブログ allrights reserved.