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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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書評─木村草弥歌集『信天翁』・・・・・・・・・・・・・冨上芳秀
詩的_NEW

信天翁_NEW

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──冨上芳秀の詩──(9)

     書評─木村草弥歌集『信天翁』・・・・・・・・・・・・・冨上芳秀
              ・・・・・・「詩的現代」33号2020/06掲載・・・・・・・・

敬愛する冨上芳秀氏が標記の記事を執筆されたので、当該部分を抄出しておく。読みやすいように私の独断で改行した。
全文は、別項の記事を参照されたい。 → 「ジジイの覗き眼鏡」⑧

▼木村草弥歌集『信天翁』((二〇二〇年三月一日刊、澪標)の場合は、短歌と詩のボーダーの世界である。歌人、木村草弥の第七歌集である。
木村草弥のことを知ったのは第三詩集『修学院幻視』(二〇一八年十一月一五日刊、澪標)を送っていただいてからである。
その詩集に感動して「ジジイの覗き眼鏡5」(「詩的現代」三十号、二〇一九年九月七日刊)に書いた。お礼に詩集を送るとブログに紹介してくれるようになった。 K-SOHYA POEM BLOG には、豊かな体験と古今東西の文学に精通した学識に支えられた木村草弥の世界が展開されているので興味のある人はぜひ覗いてほしい。
守備範囲が広く、様々な文学作品について読みが深く鋭い。毎日これだけの内容のものを発信し続けることはすごい。
他者の作品に対する深く鋭い認識を示す木村草弥が自ら生み出す作品は当然、魅力的な物である。
『信天翁』は「Ⅰ 信天翁」 「Ⅱ 朝の儀式」 「Ⅲ cogito,ergo sum 」 三章から成り立っている。
「Ⅰ 信天翁」の冒頭には第一章と同じ「信天翁」というタイトルが付けられ短歌群が置かれている。

      一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
           稲田京子さん死去
      《信天翁(あほうどり)》描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
      黄蜀葵《知られぬ恋》の花言葉もつとし言ひてをとめさびしゑ
      まどろみのみどりまみれぞ松園の春画に見つる繁き陰毛(にこげ)は
           兄・木村重信死去
      吉凶のいづれか朱き実のこぼれ母系父系のただうす暗し
      もゆらもゆら夏の玉の緒ひぐらしの啼く夕ぐれはまうらがなしも
      庭の樹につくつくぼふしが来鳴きけり酷暑のふつと弛める夕べ
      つくつくよわが庭の樹に産卵せよ黐(もち)がよいかえ山茶花よきか
      また地上に出てくるときは七年先まみえむ日まで命やしなはむ
      向うより径(みち)の来てゐる柿畑自(し)が影曳きてさまよひにけり
      《馬耳東風》おそろしきかも十を聴き九を忘るる齢(よはひ)となりて
      村の見慣れた風景に眠つてゐる寓話をゆつくり呼びさましたらどうか

<「信天翁」>最後の一首を除き、文語定型の端整な短歌が並んでいる。
昔から短歌の連作というものがあるが、定型が一種の独立性を強く主張するため連作と云っても相互の関連性は強くない。
「信天翁」の世界について「あとがき」でこの部分の背景が語られている。

<妻・弥生の死後、十年間、私を支えてくれたケアマネジャー(正式には介護支援専門員という国家資格)の稲田京子さんが二〇一六年三月に死んだ。
その直後に私は突然、起居不能に陥り原因が判らず四苦八苦したが、幸い専門医の診断と処置により生還した。
その翌年、行動する学者として世界中を飛び廻っていた美術史家の次兄・重信が死んだ。
「影」として生きてきた私は大きなショックを受けたが、何とか立直りたいと思う。
そういう騒動を描いたものが巻頭に置いた「信天翁」の一連である。これは角川書店「短歌」誌二〇一七年九月号に載るもので、歴史的かなづかい、文語文脈で発表した最後のものである。敢えて、そのままで掲載してある。
それ以後、私は現代口語歌を標榜する「未来山脈」光本恵子・主宰のもとに拠って作品を発表している。だから、それ以後は「新かなづかい」を採用している。(以下略〉「あとがき」>
「信天翁」と次に紹介する「生存証明」との驚くほどの違いはここで明らかにされている。「生存証明」は現代口語歌であり、自由律の歌であることによって短歌的独立性が希薄である。
だから逆に、それによって、それぞれの歌の相互関係が強くなり、詩に近い自由な展開を成し遂げている。
       「門松は冥土の旅の一里塚目出たくもあり目出たくもなし」一休
       一休の狂歌を引いてM君から「年賀をやめる」とハガキ
       「小生、来年二月には九十歳となるので年賀欠礼」という
       「一休の狂歌が身に染みて感じられるようになりました」
       M君よ、それも分かるが年賀状は年に一度の「生存証明」なのだ
       まあ、君のしたいようにすればいいことだが淋しいねえ
       シルバー川柳にいう「誕生日ローソク吹いてたちくらみ」
       同じくシルバー川柳「入場料顔みて即座に割引かれ」
       朝鮮戦争反対のビラ撒きで米軍事裁判で有罪となり服役したM君
       そんな闘士のM・M君よ、大阪は築港の冬は冷たいか(「生存証明」)

この作品は一休の狂歌の引用、M君のハガキ、その内容の引用、それに対する感想、シルバー川柳の引用、それは九十歳になって年賀状をやめるというM君の行動の老いであるが、それは同じく九十歳になる木村草弥自身にも忍び寄っているのである。
最後に友人M君の現在に思いを馳せる。この自由なスタイルは短歌を並べたものというより詩そのものではないか。
私のこの見解は木村草弥の自覚するものでもある。
<本来、短歌は一首で自立する文芸である。しかし、この本での私の作品は十行あるいは十二行からなる「短詩」のような形態を採っている。
だから短歌ではなく「散文の短詩」として読んでもらって結構である。短歌として違和感を持ってもらっては困るので敢えて書いておく〉(「あとがき」>
私たちは九十歳になってなお果敢に詩の追及している木村草弥の姿勢を学ばねばならない。詩は何でもありなのである。
新しい文学の可能性は詩と隣接する文学ジャンルとのボーダーにあるからなんでもありという詩のアナーキーな本質の下に新しい文学を追求しなければならない。
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極めて的確な批評である。
長い引用までしていただき恐縮するが、このように書いていただくと、作者冥利に尽きる、というものである。有難うございました。
前にも書いたが、冨上芳秀氏は「大阪文学学校」で詩部門の講師というか、チューターをなさっている。
「詩的現代」は、愛敬浩一が編集する季刊誌であり、現代詩の世界で或る一定の地歩を有している雑誌である。
同人費を徴収しているとはいえ、厚さ2センチにも及ぶ立派な雑誌を定期的に刊行する営為に敬意を表したい。






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