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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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小西亘『詩歌とめぐる 南山城・月ケ瀬』・・・木村草弥
小西①_NEW 
小西②_NEW
↑ 「帯」裏 この本に書かれる項目が一覧で見られる

──新・読書ノート──

      小西亘『詩歌とめぐる 南山城・月ケ瀬』・・・・・・・・・・・木村草弥 
               ・・・・・・・「澪標」2021/03/03刊・・・・・・・・    

この本が贈呈されてきた。
敬愛する小西先生の労作である。ご上梓おめでとうございます。
先ず、今までの著書を一覧しておく。
1996年 『注釈青谷絶景』 (発行企画世話人会)
2004年 『月ケ瀬と斎藤拙堂』 (月ケ瀬村教育委員会・共著)
2012年 『青谷梅林文学散歩』 (城陽市観光協会)
2012年 『「月瀬記勝」梅渓遊記』 (「梅の月ケ瀬へ」編集委員会)
2013年 『相楽歴史散歩』 (山城ライオンズクラブ・共著)
2019年 『宇治の文学碑を歩く』 (澪標)

ここに挙げた本の中で、かつて私のブログに書いたものがある。 ↓
『青谷梅林文学散歩』 ← リンクになっているので読んでみてください。
『宇治の文学碑を歩く』       〃
また、小西氏は南山城の名士であられて、あちこちに文章を書いたり、講演したりなさっている。
その中で、下記 ↓
JA京都やましろ「やましろ探訪」南山城文学散歩⑪」の記事を見かけたので、読んでみてほしい。全部で⑫のシリーズものである。
赤字の部分は「リンク」になっているので、クリックして読んでください。

さて、本書のことである。 一見して「固い本」だなという印象である。
書かれる内容は図版②に出した「帯」裏 のようになっている。
私のような「感覚的な」人間の書くものと違って、理詰めの学術的な本である。
ここで、この本に同梱されてきた著者の挨拶文を貼り付けておく。      
小西③_NEW
 
ここにも書かれているように、著者も、そのことは判っているようである。
私は最近「ものぐさ」に陥ってしまい、他人の文章を書き写すのがツライので、こうしてズボラをして「画像」としてお見せする始末である。お許しを。
     
ここでは、私の住む「青谷」に因んだ 「二、上田三四二 青谷梅林」に触れてみたい。

   満ちみちて梅咲ける野の見えわたる高丘は吹く風が匂ひつ    上田三四二

上田三四二の第一歌集『黙契』(昭和三十年刊)の歌である。
小西さんは、この「高丘」が当地の国立京都療養所(現・国立南京都病院)から見える「天山」てんやま、だとされる。
平成十四年にJR奈良線「山城青谷」駅前広場の一角に、この歌の歌碑が建てられた。
この世話をされた人々の中の幾人かと私は知り合いであり、短歌会でもご一緒したが、とかく世間の付き合いというのは難しく、主導されたK氏の金銭的なズサンさなどもあり、その人らとは私は深くは付き合わなかった。
もともと青谷には駅はなかった。村の人々は「長池」駅まで歩いていたのである。
梅の咲く時期のみ「臨時停車場」が設けられていたのだが、梅林保勝会などの運動で昭和八年に常設の「山城青谷」駅が開設されたのである。
駅のすぐ近くには「製材所」があり、そこを詠った三四二の歌もある。この製材所は今も盛業中である。
病院の官舎に住んでいた三四二が出かける時には一本道だから、必ず、この横を通って駅に行ったのだった。
三四二の本も何冊かあったのだが、蔵書整理をしたので今は私の手元には無い。
三四二については、このブログにも書いた。  → 「ちる花は」。リンクになっているのでお読みください。

この本には資料として『青谷小学校百年誌』のことに触れられているが、この本を編集した人A氏も独断専行の人で、私は意識して関わらなかった。
余計なことに終始したかも知れない。
読書好きの人間には興味深い本で、知らないことが一杯載っている。折々に繙いて読むことになるだろう。
多くの方々の閲覧をお願いしたい、と思う。 ご恵贈有難うございました。      (完)






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