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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子「地上には春の雨ふる」30首・・・・・・・・・・・・・木村草弥
晶

──村島典子の歌──(4)

  地上には春の雨ふる・・・・・・・・・・・・・村島典子

きさらぎの淡海かすむ琵琶のうみ万(よろづ)の鳥のこの世にあそぶ

朝もやの水面に降りてあそびたり父ははそしてこぞ逝きしひと

     武田百合子『富士日記』を読みつつ五首
本の中のことにてあれど犬が死にわたしは哭きぬ机に伏して

著者の日々読みつぎくればその夫、娘、その犬身内のごとし

日に三度の献立よむも面白し濃やかなりし百合子の暮し

泰淳の死は近づくか、死の予感「日記」にあふる胸つまりたり

ただ過ぎに過ぎゆくものと記されし春夏秋冬しみじみとして

父ははも師もいませねば夜に爪切りて咎めらるることなしさみし

秋埋めし球根なれば芽を出せりはや忘れゐしところにも出づ

水の中歩かむとして出できたり雨しげきなか傘さしながら

きさらぎの水中ウオーク雨の日も春です雨を見ながらあるく

立ち話する肩ごしに見えゐたり美容室に髪洗はるるひと

此の月は修繕月となりぬべし外科歯科内科医者めぐりする

待ち時間二時間にしてぐらぐらと生身のわれ石となるまへ

神経を殺すとたやすく言ひきられ麻酔の口がまず従へり

「この歳になつても死にたいと思ふ日があるのよ」晩年に言ひしか白洲正子

かくありて春はめぐりぬひと日づつ死者にちかづくわれと思へり

地上には春の雨ふる雲上は快晴である昨日もけふも

父ははの位牌にならび微笑みます至誠院釈道登居士こぞの春より

    春浅き日、歌劇「トゥーランドット」のゲネプロを観る
「誰も寝てはならぬ」テノールの哀切のこゑ湖面をわたる

いつだつて女はつめたく美しく謎掛けをする血祭りをする

観客の一人にあれどわたくしは女奴隷となりかはりたり

昭和とふ時代のわが家の押入れにカズマスクあり、戦争ありき

藷釜と信じこみしにいま思へば防空壕でありしかしらん

花二三分咲くとし聞けば落ちつかずさむき夕べの川辺まで来つ

花冷えのあしたの堤かはいさうな桜と鳥といたはりあへる

とにかくに今年の春は気難しとささやきあふか首をすくめて

指ほどのつくしを摘みて食(たう)べしは二週間まへ比良山に雪

さりながらなづなたんぽぽほとけのざ可憐な花は野に揃ひたり

朝なさな鳴くウグヒスに声あはせ鳴かずにをれずほゝほゝほきい
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村島典子さんについては何度も書いた。
先日、彼女の所属する歌誌「晶」66号、2009.5を恵送された。
ここに歌を転載しておく。
この号には彼女も執筆する小林幸子歌集『場所の記憶』(砂子屋書房刊)の批評特集が載っている。
この歌集はアウシュビッツ収容所などを巡った歌が中心に置かれた、重い主題が詠われている。

  方舟の内側からの声たち

  救助されたのは、
  口たちばかり。
  お前たち、
  沈みゆく者よ、聞け、
  私たち口のこの声も。    パウル・ツェラン「声たち」から
忘れないで下さい ひとりづつふりむきていふ口だけがうかぶ

ここに引いたフレーズを掲げて、村島さんは

<小林幸子の『場所の記憶』の、この一首の前にいまも立ち竦んでいる。鮮烈な「声」と無数の「口」の前で。
パウル・ツェランの「声たち」を枕にした、一首
   <救出されたのは口たちばかり> 声のなき六十年をあぎとへる口
にはじまる「場所の記憶」はこの歌集の前半の、いや一集のクライマックスとして、読む者を震撼とさせる。ツェランは、両親を強制収容所に喪い、自身も労働収容所生活を体験し、それを題材した幾つかの詩を書いた。ことばを基軸に死者に会おうとするが果たせず、セーヌ川に入水自殺をした詩人である。・・・・・・ >

と書く。
私事になるが、私たち夫婦もミレニアムの年2000年にエルサレムを訪問して、かの地の「ホロコースト記念館」を訪れた時のことを思い出す。詳しくは「ダビデの星─イスラエル紀行」をご覧いただきたい。
そこで私の詠んだ歌──

「永遠に続く思ひ出」(ヤド・ヴェシェム)と名づけたるホロコースト記念館に「子の名」呼ばるる
                        
私は、まだこの歌集を読んではいないが、ぜひ読んでみたいものである。
私事に脱線したが、村島さんの沈潜しているが、心に響く歌群を鑑賞してもらいたい。
この一連の2首目、19首目の歌は昨年亡くなった師・前登志夫のことを詠んだものである。


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