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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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「日蓮と法華の名宝展」によせて・・・・・・・・・・・木村草弥
日蓮展

先日、八月七日の早朝、お盆の祖霊迎えのために菩提寺に「水供」の塔婆を賜りに行った際に、
「日蓮と法華の名宝展」という、掲出の画像のようなパンフレットを渡された。
京都国立博物館で10月10日~11月23日まで開催される。
その説明文に

<鎌倉新仏教の一翼を担った日蓮の足跡を辿り、
 その門下の活躍、特に孫弟子にあたる日像の京都布教以降、
 公家文化と並ぶ町衆文化の形成に果たした日蓮諸宗の大きな役割を紹介します。
 狩野元信や長谷川等伯、本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、尾形乾山、
 こうした近世日本美術の潮流を築いた京都の芸術家たちが、
 皆、法華の信者だったことは驚くべきことではないでしょうか。・・・・・>

と書かれている。
私は、初めて聞くことで、蒙を啓かれたのだが、彼ら法華信者たちに、新しいものへの、ふつふつと滾るものがあったのであろう。
昨日の「大文字の送り火」にも北山の「妙法」の二字があったが、これも当地の法華信者の手によるものである。
私事になるが、私宅の宗派も日蓮宗(身延山)で、私たちの周辺は皆「浄土宗」が殆どで、私たちの一族も元は浄土宗に属していたが、幕末に布教があって、私たちの一族は、まとまって日蓮宗に改宗したのであった。今でも菩提寺の墓には浄土宗の名号を刻んだ墓碑があって、改宗に当って移築したことを物語っている。
私宅の一族は、木津川回船業に携わってきたので、根っからの商家と言える。
明治になって、大口の輸送が鉄道貨物に取って代わられたので川船便は廃れ、茶業に手を出していた私宅を除いて、本家筋もみな離散して今では音信不通のところも多い。
「日蓮展」のパンフレットからの連想である。

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