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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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西岡文彦『絶頂美術館』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
「絶頂美術館」

──新・読書ノート──

  西岡文彦『絶頂美術館』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                       ・・・・・・・・・・マガジンハウス2008/12/18刊・・・・・・・・・・・・・・

昨日付けで載せた中野京子『怖い絵3』と一緒にBK-1から取り寄せた。
この本の最初に「はじめに」として、次のように書かれる。

<見る者が思わず恋愛をしたくなるようなヌードがある。反対に、恋愛をするのが嫌になるようなヌード、というものもある。
失恋をした時に眺めて癒されるのは、はたしてどちらのヌードなのか?
・・・・・ヌードの美しさと醜さには無限のバリエーションがある。
・・・・・人がヌードを見て、美しい、と感じるのは、それが私たち人間という生命のあり方の根本にまつわる表現を含んでいるからである。漢字の「美」という文字が「大きな羊」を指していることからもわかるように、人は自身の心身をうるおし癒してくれるものに「美」を感じるようにできている。・・・・・
清楚な裸身に、心がうずくような美を感じることもあれば、大胆でエロティックなヌードの描写に思わず胸がときめくこともある。・・・・・そういう意味では、ヌードは心の鏡でもある。
本書は、そうした鏡としてのヌードが映し出す、時代の魂や画家の精神を読み解く試みである。従来の美術書では紹介されなかったヌードの名品の紹介の試みでもある。
フランス語に「小さな死 petite mort」という言葉があるという。
性的な絶頂感やその後に訪れる深い眠りを指す言葉である。人間の性愛のありかたについて深く思索したことで知られる、現代フランスを代表する思想家ジョルジュ・バタイユは、この「小さな死」を最終的な死そのものの予感としてこそ、人間は十全に生きることができるのではないか、と書いている。
子孫を残すという本来の目的を超えた次元で追求される人間に特有の性愛の営みを指すエロティシズムという言葉を、バタイユは「死に至る生の称揚」と定義している。
人間が性的な絶頂を感じる際にやってくる、全面的な無防備、すべてを相手に委ねて投げ出してしまうような感覚は、おそらく私たちの知っているもののなかでは死にいちばん近いのかも知れない。・・・・・
本書は、そうした恍惚や絶頂感の表現を美術史に散策しながら、その作品を生んだ時代の魂や作者の精神の一端に触れる試みである。・・・・・>

カバネル「ヴィーナスの誕生」
 ↑ 
表紙カバーの絵の原画は、カバネル『ヴィーナスの誕生』1863年 である。
これは当時の批評家たちが絶賛した作品で、皇帝ナポレオン三世が買い上げた。
<>内は著者・西岡の文章である。
<ヴィーナスの足指──ヌードの見どころは、指先にある。とりわけ足の指先の描写には、ひそかなドラマを発見できる。・・・・・
ヴィーナスは海の泡から生まれたことになっているので、彼女は海面に身を横たえている。
海の描写はどろりとした粘着性の液体のような個体を思わせ、まさに「ウオーター・ベッド」である。・・・・・
「そり返った足指」というのは性的なエクスタシーのさなかにある、緊張の代名詞の表現である。
画面に、情事の後のベッドにも似たエロティックなニュアンスが漂っているが、この絵を絶賛した権威ある美術界のお歴々は、これらのことを承知の上で、この絵に「これぞ芸術」との太鼓判を押したのである。>

ジェローム「ローマの奴隷市場」

 ↑ ジェローム『ローマの奴隷市場』1884年 
奴隷市場を口実に描く、伝統的な恥じらいのポーズのヌード。
背面を描いた、この絵は、よく知られるアングル『泉』1856年という、近代ヌードの古典のポーズの「裏返し」であると言える。
<古代ローマを口実にヌードを描かせて天下一品とも言うべき名手がジャン=レオン・ジェローム。
内容は説明不要。
古代の野蛮な習慣と言う口実で、画家はひたすら美しき恥じらいのヌードの描写に専念し、見る者は画面中の競売者さながらに裸身を食い入るように眺めることになる。
全裸の奴隷がとるポーズは、古代ギリシア彫刻以来、ヴィーナス像などのヌードに伝統的に用いられた片足の重心をかけて心持ち内股にする恥じらいのポーズである。>

アングル「奴隷のいるオダリスク」

  ↑奴隷ついでに載せておくのは、アングル『奴隷のいるオダリスク』1839年。
ハーレムを舞台に描く古代ギリシア伝来の「眠れる美女」。

ジェラール「クピドとプシュケ」

 ↑ ジェラール『クピドとプシュケ』1798年 筆のタッチを見せない仕上げは「描かれた彫刻」を思わせる。
ギリシア神話を題材にしているが、古代ギリシアでは、「未成熟な」童貞と処女というのが尊ばれた。
同時に未成熟な若い男同士の、あるいは成人した大人の男同士での、いわゆる「ホモ」も、ギリシアでは全盛であった。

ブロック「ヒュアキントスの死」

 ↑ ブロック『ヒュアキントスの死』1801年。 神に愛されたばかりに悲劇の死を迎える古代美少年のヌード。
画面右がギリシア神話の太陽神アポロン、神々の王ゼウスの息子である。
画面左でアポロンに抱きかかえられて息を引き取ろうとしているのが、恋人ヒュアキントス。
スパルタ近郊ミュクライの美少年で、彼の愛をアポロンと風の精ゼフュロスが競ったおかげで、恋に破れたゼフュロスの嫉妬に命を奪われる。
アポロンと円盤投げに興じていた彼にゼフュロスが嫉妬して突風を吹きかけたので、円盤は誤って彼に当り死んでしまう。
絵の足下に落ちている円盤が描かれている。
死にゆく彼が接吻を受ける寸前のような恍惚の表情を浮かべており、画面は濃厚な同性愛への賛辞に仕上がっている。
<ヨーロッパにおける同性愛賛美のルーツにはギリシア哲学がある。古代ギリシアを代表する哲学者でヨーロッパ的な理性の根幹を成しているプラトンが、同性愛を賛美しているからである。・・・・・
今日言われる「プラトニック・ラヴ」はこのプラトンが語源であり、本来の「プラトニック(プラトン的)」な愛は男性の同性愛を指していた。>

ゴヤ「裸体のマハ」

 ↑ ゴヤ『裸体のマハ』1805年頃。今なお鮮烈な官能美を誇る近代ヌードの先駆。瞳の輝きが見る者を魅了する。

ドラクロア「キオス島の虐殺」

 ↑ ドラクロア『キオス島の虐殺』部分 1824年。 史実に題材を求めて絵が描かれている。

クールベ「眠り」

 ↑ クールベ『眠り』1866年 アカデミーに戦いを挑んだ画壇の反逆児が描く、堂々たる迫力のレズビアン絵画。

この絵を載せた「第九章 戦うレズビアン絵画」という章にはクールベのことが詳しく語られている。
その中に『世界の起源』 1883年 プティ・パレ美術館蔵という絵に触れられている。
本書には、その絵も載っているが、物議をかもしそうなので画像を載せるのは遠慮するが、

<リアルそのものの女性器を正面から描いた作品で、美術史に名を残す巨匠の作品で、これほど堂々たる女性器の描写は他に例を見ない。
この絵は、新古典主義好みのギリシア彫刻化した裸体美の対極を示し、その写実をきわめた描写で男性の性的関心を喚起すると同時に、官能の戯れを超越したかのような野生的な存在感で男性性を萎縮させる作用を併せ持っている。
注文者ベイは自宅に招いたごく限られた友人知人にのみこの絵を御開帳、彼らの反応を楽しんでいたらしい。
クールペ自身も、この絵の出来には自信を持っていたらしく、彼自身を含めたすべての画家で、これ以上すばらしいものを生み出した者はいないと言ったという。>

この『世界の起源』の絵については、私はフランス旅行の際に、オルセー美術館で見た(プティ・パレ美術館から貸し出されて展示されていたらしい)のである。
大きな絵だと思っていたが、46×55センチのサイズらしい。
その際に作った私の歌

  クールベのゑがくヴァギナの題名は「源」(スールス)といふいみじくも言ふ・・・・・・・・・木村草弥

があるのである。
この歌については、私の敬愛する米満英男氏が「書評」で、次のように書いてくださった。

<読み下した瞬間に「なるほど」とうなずく外はない愉快な歌である。下句の<いふ><言ふ>の駄目押しが決まっている>


この歌(『嬬恋』所載)と書評については ← リンクしたところでご覧いただける。 
私にとっては思い出のある歌に因む絵なので、敢えて長々と書き添える次第である。

モネ「草上の昼食」

 ↑ マネ『草上の昼食』1863年。
それまでの通例だった神話や聖書の場面を口実にせず、同じ時代を生きる女性のヌードを描いて、大問題になった作品。

ミレイ「オフィーリア」

 ↑ ミレイ『オフィーリア』1852年 恋に破れ川に身を投げる狂気のヒロイン・オフィーリア。
シェクスピアの「悲劇」と相まって同時代に受け入れられた。
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書き出したらキリがないので、この辺にするが詳しくは本書をご覧いただきたい。

西岡文彦
1952年生まれ。多摩美術大学准教授。
伝統版画技法「合羽刷り」の数少ない継承者。
デザイン・出版分野でも活動、ジャバネスクというコンセプトの発案者として知られる。
『モナ・リザの罠』(講談社現代新書)『二時間のモナ・リザ』(河出書房新社)『絵画の読み方』(宝島社)『世界一受けたい授業』『誰でもピカソ』『新日曜美術館』など多数。


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