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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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萩原隆『ザシキワラシ考』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
ザシキワラシ考
──新・読書ノート──

  萩原隆『ザシキワラシ考』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・編集工房ノア(2009/12刊)・・・・・・・・・

萩原隆氏は、私と同じ「楽市」同人だが、この本は「楽市」誌に2003年から2009年まで連載された二十篇の文章に二つ書き加えて出されたものである。
「目次」を列挙しておくと
■映画『墨東綺譚』をめぐって ■『随想録』を読んで ■不滅の神々のために ■天命を知る ■安楽死 ■更年期 ■偶然と人生 ■夢 ■幸福の処方箋 ■きのふ けふ 
■<私>探しの季節 ■『潮騒』紀行 ■日本の心 ■<ボケ>の話 ■狂気の詩集──ヘルダリンの場合 ■馬鹿三題 ■幻のイスラエル周遊 ■この無の日に ■歴史に学ぶ 
■ザシキワラシ考 ■対幻想の彼岸 ■終章  
というようである。

この本の出版記念会が2010/01/30にシェラトン都ホテル大阪の「大和の間」で開かれた。
発起人は三井葉子さんをはじめ出版元の涸沢純平氏や萩原さんの医者仲間などで、100名弱の参会者があった。
ここは、その場の様子を書くのが目的ではないので触れない。

萩原隆氏は、詩人・萩原朔太郎の甥っ子にあたる。代々の医者の家系であり、1925年生まれで大阪大学医学部卒。
先に『朔太郎の背中』(深夜叢書社2002年刊)という本がある。↓

朔太郎の背中

この本も「楽市」に連載された文章が中心になっている。
文学者、作家なんていうものは、本来「無頼」なもので、中でも萩原朔太郎の無頼ぶりは、よく知られているが、萩原隆氏は、朔太郎を反面教師として「あんな風にはならないように」と言われて育てられたという。

以下、この本(ザシキワラシ考)を贈呈されたときに萩原氏あてに出した私の手紙の一部を再掲しておく。
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この本は著者の医師としての現況から、豊富な読書の中から、わが身に引き寄せて書かれていて、単なる読書の感想の域を超えて、優れた「エセー」となっております。
辻井喬が「帯文」に書いておられます通り、
  <医者として生きることが、かえって才能に舞台を提供したのではないかと想われる>
ことがあります。
著者は萩原朔太郎のような無頼にはならないように、との配慮の下に育てられた、と他の文章で書いておられますが、「血」は争えないもので、文学的な素地が脈々と通じているものと存じます。
ざっと一読した限りですから、読み落しもあるかと思いますが、少し書いてみます。

①「安楽死」の項で、「西行」に触れて書かれた中に、<西行の最期は、自死> のように書かれていますが、これには抵抗があります。私が今までに読んだ資料の中には、そんな捉え方をしたものは無い、と存じます。ネット上での検索でも出て来ません。
西行の有名な歌 <願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の頃> 
は、出だしの<願はくは>の通り、願望を表したもの(注・願はくば、と間違って書かれているものが見られるが文法的には「ば」では逆の意味になってしまう)でありまして、長年そのことを願い続けて来た結果として<きさらぎの十五日>(お釈迦さまの忌日でもあります)に入寂するという稀有な、望ましい死に方、をしたというに過ぎず、自死という根拠は何もない訳であります。
自死にしてしまっては、西行の死の神秘性を削ぐことになります。文学的にも面白味がなくなる、かと存じます。
定家の歌の前書きの<おはりみたさりけるよしききて>(注・漢字まじり文に直すと<終り満たさりける由聴きて>となる)の部分も、西行の件(くだん)の歌に由来するものですが、「羨ましい」という定家の心を読み取れこそすれ、自死云々の結論は導きだせないかと思います。

②「更年期」の項。(これは反論ではなく、私からの補足です)
ヒト科・ホモサピエンスだけが「排卵期」に関係なく交尾出来る、というのは今では否定されています。ヒト以外にも、例えば「ボノボ」=旧称・ピグミーチンパンジーなどは、ヒトと同じように排卵に関係なく「交尾」するのが観察されています。これは京都大学・霊長類学教室の黒田末寿などの観察によるもので本にもなっていますから、ご覧になってください。
私も2009/01/30付けのブログに載せてます。
黒田の本などによると、彼らの性行動はヒトと同じで驚きます。
彼らは群の緊張緩和のためにも、よく交尾すると言い、これはヒトの性行為もストレス解消の手段として極めて有効、というのと同様の効果です。

③「幻のイスラエル周遊」の項。
イエス・キリストは「ユダヤ教徒」として死んだ、のです。ユダヤ教の旧弊な指導者や立法学者などの意に沿わずにユダヤ教を改革しよう、としていたのは事実らしいですが、その時期に今でいう「キリスト教」なるものが在った訳ではありません。当時のローマ提督ピラトは、イエスを磔刑に処した大悪人と、以前は言われていましたが、現今の説はユダヤ教の指導者たちがイエスを処刑するようにピラトに「仕組んだ」もの、というものです。
これも私の歌集『嬬恋』の中の叙事文に書いていますので、ご参照ください。

「あとがき」に
  <どの話題もいつのまにか自分の関心領域、即ち<医>に戻っていることが多いのに気付かされました>
とありますが、そうなればこそ、この一巻が読者の胸に沁みるのであります。
題名になりました「ザシキワラシ考」の中の故ご子息・あきら氏に触れたくだりは、読むものの心を激しく揺さぶります。長く長く著者の心の奥底に秘めて来られた「子想い」の親としての心情に心打たれるのです。「ザシキワラシ考」を題名にされたこと、良かったと思います。
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この本には百数十名の人の名前が登場するというが、萩原氏の旺盛な読書には感服させられる。
阪大医学部に居られるころに「哲学概論」という教養課程のような講義があり、それをきっかけに氏はベルグソンなどの哲学書を読みふけっておられたという。
氏のいいところは、それが単なる読書ノートに終っていないところで、<医>の自分に引きつけて書かれているのが成功している。
経歴を拝見すると、
■NPO法人日本医師ジョガーズ連盟代表理事 ■NPO法人「医師と歩こう ハートの会」代表理事 ■NGO組織「ハート・オブ・ゴールド」理事長 など、アウトドア派の会に関する肩書が目立つが、(目下は健康を害されているので、それもままならないと思われるが)その間にこういう著作にかかっておられたというのは、やはり朔太郎に繋がる「文学者の血」が、そうさせるのであろう。
ほんの一部にしか触れられなかったが、この辺で筆を置きたい。

なお『朔太郎の背中』は、朔太郎に関する生資料や写真など、一見の価値があるので、取り寄せて読んでみてもらいたい。


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