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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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山口謡司 『 ん 日本語最後の謎に挑む』・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
「ん」

──新・読書ノート──<日本語倶楽部>──(12)

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   山口謡司 『 ん 日本語最後の謎に挑む』・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・・・・・・・・新潮新書2010/02/20刊・・・・・・・・・・・・・・

つい先日、『日本語の奇跡』<アイウエオ>と<いろは>の発明 という本を採り上げた。
この本は同じ著者による、その本の続編である。
ついでに、この本の「帯」裏の写真を出しておく。ここには、この本の項目が出ているからである。

「ん」裏

この本については、新潮社「波」三月号に著者自身による紹介記事が載っているので全文を貼り付けておく。

   「ん」をめぐるミステリー・・・・・・・・山口謠司

 トンボ鉛筆といえば、「Tombow」というローマ字を思い浮かべる方が多いだろう。しかし、虫の名前なら「Tonbo」と書かれるべきではないだろうか。また東京メトロの駅名「日本橋」には、「Nihombashi」と書かれている。これも、なぜ「日本」の「n」が「m」と書かれているのだろうか。このように「ん」と書かれる日本語が、ローマ字では「m」と書かれている例は他にも多数みられる。これは本書執筆へのひとつの契機になった。
 日本語表記の歴史を精査してみると、我が国には平安時代初期まで「あいうえお」から始まる平仮名や片仮名はなく、すべて漢字を利用した万葉仮名で書かれていた。万葉仮名で書かれた奈良時代の文献『古事記』『日本書紀』『万葉集』などには、実はただの一文字も「ん」という字は使われていないのである。
 また、平安時代初期に著されたとされる『伊勢物語』には「掾」が「えに」と書かれており、『土佐日記』にも本来「あらざんなり」と書くところを「あらざなり」と「ん」を抜いて書いてある。鎌倉初期の鴨長明『無名抄』には、「和歌を書くときには、〈ン〉と撥ねる音は、書かないのが決まりである」と記されているのである。また、江戸時代でも、井原西鶴の『好色一代男』には「ふんどし」を「ふどし」と書いてある。
「ん」は無くてもよい日本語だったのだろうか?
 江戸時代の国学者、本居宣長は、この点について次のように述べている。「我が国の五十音図は、整然と縦横に並ぶものとして作られているが、この『ン』という音は、いずれにも当てはまらない。これは、日本語の音としては認められないものである。だからこそ古代の日本語には『ン』という音がないのである」(『漢字三音考』より拙訳)
 しかし、「書かない」のではなく「書けない」というのが平安時代の実状だった。なぜなら平仮名の「ん」、片仮名の「ン」、また、それを書き表すためのもととなる漢字も存在しなかったからである。そして、その影響は江戸時代まで続いていた。
 江戸時代には、「しりとり」遊びもなかったし、「んー」と返したり、「うん!」と相槌を打つ言葉もなかった。現代の日本語からは、かつて「ん(ン)」がなかったなどとは考えられないだろう。
 では、この「ん」を、いつ、誰が創り出したのか。また、どうして現代日本語の五十音図の最後に取り入れられたのか。
 日本語の脇役的な存在「ん」を主役にして、とくとその舞台裏までお見せしたい一心で、四年間をかけ、私は本書を書いた。前著『日本語の奇跡―〈アイウエオ〉と〈いろは〉の発明―』(新潮新書)と共にお読み頂ければ、「あいうえお」から「ん」までの音と文字の歴史、隠された機能と壮大な思想から日本文化の奥深さを知って頂けると思う。
 日本語は実に面白く、ミステリーに満ちている。  (やまぐち・ようじ 大東文化大学文学部准教授)

的確な要約と言えるので、↑ 先ずこれを読んでもらいたい。

ところで、この「帯」の冒頭に書かれているローマ字の「n」「m」のことだが、執筆動機となったものだが、このことについて彼の奥さんがフランス人であり、そのネイティヴな日本人ではない、いわゆるネイティヴ外人の日本語についてのローマ字表記についてのエピソードから、この本は始まる。
地下鉄の駅名が、日本橋にほんばし=nihobashiと筆記されることからの疑問である。
彼の妻がローマ字で書いたメモを持って買い物に行くときに「あんぱん」→ampan、「がんもどき」→gammodoki と書くそうである。「帯」に載る nihombashi の場合と同じである。
結論を急ぐために説明してしまえば、英語やフランス語、ドイツ語などヨーロッパ諸言語の辞書をひもといてみると、「n」と「m」の表記には厳然たる書き分けがあることが判る。
つまり、次に来る子音が「m」「b」「p」である場合は、普通「n」がその直前に現れることはなく、「m」が書かれるという原則である。
これらのことは、多少、西欧語教育に触れたことのある人なら経験があり、周知のことかも知れない。
口に出して発音してみれば「m」「b」「p」の場合は、唇が触れる「接唇音」であることが判るだろう。このことは彼の本には書かれていないが、私は読んで、すぐ、そのことに気付いた。

他にエピソード的に紹介すると<西洋人は「んー」が大嫌い>というのは、彼の奥さんは、日本人なら誰しもよく発する、喉の奥の方から鼻に抜けるような「んー」という声が大嫌いなのだそうだ。これは西洋人一般がそうらしい。
こういう場合に、フランスも含めて欧米の漫画や小説を見ると、我々日本人が「んー」という音を出す場面では「mmm」「hmmm」と書いてある。日本語に直せば「ムムム」や「フムムム」だという。試しに妻に向かって「んー」の代りに「ムムム」と答えてみると嫌な顔をしないという。

この本には「空海」や「サンスクリット語」のことなど、日本語の発展、新展開に関する重要な話も書いてあるので、先に紹介した『日本語の奇跡』<アイウエオ>と<いろは>の発明 の本とともに読んでもらいたい。
<日本語倶楽部>の一環として、ここに採り上げた次第である。



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