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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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萩原朔美 『劇的な人生こそ真実』~私が逢った昭和の異才たち~・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

   萩原朔美 『劇的な人生こそ真実』~私が逢った昭和の異才たち~・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・・・・・・・・新潮社2010/06/22刊・・・・・・・・・・・・・・・

     戦後最大の奇書『家畜人ヤプー』の覆面作者・沼正三、「パルコ」の時代を演出した増田通二、
     「暗黒舞踏」の王・土方巽、森鴎外の長女にして「ドッキリチャンネル」の森茉莉、
     「天井棧敷」で素人を演劇人に育てた寺山修司……。あの時代のホンモノの才人たちが鮮やかに蘇る。
     土方巽に「正統な不良」と評された男の不思議回顧録。

萩原朔美は、萩原朔太郎の孫にあたる。母・葉子も奔放な生き方をした人である。
その彼が書く昭和の奇才たちの物語である。
新潮社の読書誌「波」2010年7月号より書評をそのまま転載しておく。
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      新たなる地平をめざすというネガイ         竹宮惠子

 私たちは期せずして、お互いに同志となった。
 まったくかけ離れた場所にいて、成長し、共に知らずに同じ方向の価値観を持ち、新しい地平を見るために、大きくも、小さくもある一歩を踏み出した。それは私たちの年代の、ひとつの幸福な存在の形だったのだと思う。

 萩原朔美氏は、実際には私よりも4歳年長である。けれど、どちらも同じように昭和の綺羅星の活躍をその目で見て、その活躍に沿い、時々手を添えながら、その人たちと一緒に革命の中を歩いてきたのだ、と思う。この本はそのことをきちんと記録して残すために、また綺羅星の素晴らしい輝きが身近なところから生まれ、成長していく様を、こうであったと証言するために書かれたように見える。
 それは萩原朔美という人の人生における出会いと発見を、正直に書いた記録であると共に、当時、あらゆる方面から新たな時代を担う人物として一目を置かれた人々との、素晴らしい蜜月のひとときを詳細に示し、著わしたものである。萩原氏そのものが、詩人であり、編集者であり、映像作家であり、俳優であったために、この記録はそのままエッセイ集というにはもったいないような、きれいな作品になった。事実、というだけではない美しい視線がそこにはあって、何か詩的な絵画のような馥郁とした幸福感が、読後に残る。即ちそれは、ここに登場する綺羅星が、決してただの人間ではなく、他者を導く大いなる光明であったことを顕しているのだ。例えば「母親」に対してもその気持ちは変わらない。母親もまた、「会えてよかった人」の一人として数えられる。母に対して愛憎相半ばする寺山修司氏と較べて、なんと冷静なのだろうか。
 同じように革命の同調者として在った世代の私には、実は萩原朔美氏のそういう在り方がよく解る。そしてまた、綺羅星の人々への批評眼もそこに存在することも。決して尊敬の念ばかりではなく、批評的な見方もあったからこそ、革命の同伴者たり得るのだ。
 才能ある人々が何故、そう行動するのか。寺山修司氏の「演出家への非常に大きな許容」をポイントに、いくつもの例を挙げ、自身の演出家デビューにまつわる物語を萩原氏は書いていく。それは寺山氏への尊敬と共に、寺山氏の在り方への疑義でもあり、その疑義はまた、これを読む人々にとっての大きな収穫ともなるようなものだろう。革命の目撃者として、綺羅星の側面を観察できた立場の者として、それはとても正しい、と思う。

 萩原氏は、自らの天井棧敷退団のいきさつを「書く度に変化させていくだろう」と予言している。自らの行為を説明するということが、即ち既に「物語」であることをはっきりと自覚する――それもきっと、革命の中枢にいなかった者の特徴なのかもしれない。冷静にして熱を帯びず、燃えるような情熱を横目に見て、羨みながらも観察者としてつめたく事態を把握する。だからこそ、この本は美しいものになり得たのではないか。もちろん新たなる地平を見たい、それには熱さが不足している、けれどネガイは確かに手の内にある――ある種のじれったさが、ついには傍観者のような視線をつくる……そんな構造が垣間見え、劇団から「逃亡している」自分を嬉しがる萩原氏を、私はこっそりと微笑ましく思ってしまう。(たけみや・けいこ 漫画家)
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萩原家については、つい先日亡くなられた朔太郎の甥っ子の萩原隆氏の縁から、いくばくかの関心を抱いてきた。
『死んだら何を書いてもいいわ』(新潮社、2008年)という本もあるが、「死んだら何を書いてもいいわ」─これは母・葉子の言葉である。
朔太郎のみならず、葉子も波乱に満ちた生を過した人である。


コメント
コメント
sohya 様
何時も為になる記事を有難うございます。少しでも文学と言うものに触れられた気が致します。
2010/07/10(土) 08:35:34 | URL | ももたろう #- [ 編集 ]
ももたろう様
■ももたろう様。
いつも同じような記事で失礼しています。
私のページは「文芸」に特化していますので、
面白くはないかも知れません。
お気軽にお読みいただいたら嬉しいです。
では。また。
2010/07/10(土) 15:09:55 | URL | sohya #- [ 編集 ]
sohya 様
「サンティアゴ巡礼紀行」を読ませていただきました。「サンティアゴ巡礼の世界」という本があることをはじめて知りました。ありがとうございました。書物や言葉には深入りするまいと思っているほうなのですが、ついつい、いくつもの書評を読んでしまいました。
2011/03/31(木) 21:58:40 | URL | 翁岳(イスパニア周遊記というブログを始めた者です) #- [ 編集 ]
「書物や言葉には深入り」してください
■翁岳さま。
お早うございます。
このカテゴリを見ていただき有難うございます。
<書物や言葉には深入りするまいと>とは
アウトドア派のあなたとしては当然でしょうが、
私はそちらにも書いたように虚弱なので
「言葉や書物から入ります」。
よろしくお付き合いください。
では、また。
2011/04/01(金) 07:21:37 | URL | sohya #- [ 編集 ]
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